第13章 差し引きゼロ
ロ)「どうした」
ローはなにも言わない私に淡白とした表情で尋ねる。
いつも通りの声色。
いつも通りの顔色。
貴)「……」
昨日のことは、なかったんだ。
千切れた写真があっても、
切り刻まれた紙があっても。
全部、忘れて。
何もなかった様にして、元どおりに……
ロ)「…おい」
うつ向いて、床を見ていた視界が急に様々な景色を映して最後は天井を映した。
それと同時に背中でベットのスプリング音を聞く。
“腕を引かれ、ベットに押し倒された”
そこまで理解した時にはローの手が顔の横に置かれいて。
ロ)「……クレア」
少しだけ熱のこもった声で名前を呼ばれる。
ゆっくりと近づいてくる灰色の目を見て、香りを感じて……
……………………違う。
貴)「………誰…?」
私の目の前にいるのは、誰。
ローじゃない。
目と鼻の先まで近づいていた“ロー”はゆっくりと顔を離して
妖しく笑う。
その時、視界の端で一輪のフジキキョウが音もなく落ちるのを見た。