第1章 新たな物語
桜が咲く季節。
薫さん、緋村さん、弥彦くんが出稽古に行っている間、私は赤べこで仕事をしていた。
私がこの世界に来て一年が経とうとしている。
死を望んだ私だけど、今こうして生きているのにはなにか理由があるのだろう。
その理由はまだ全然わからないけれど。
『お先に失礼します』
店を出て、私は神谷道場へと帰る。
道にはたくさんの桜が咲いていて、コンクリートジャングルと呼ばれる平成と違って、とても趣のある風景に心が癒される。
つい最近、薫さんたちとお花見をしたっけ。
鮮明にその時の記憶が蘇り、自然と口が綻ぶ。
こうして笑っていられるのもここにきてからだ。
あの頃の私はクラスメイトからいじめられていて、笑うことができなかった。
それもこれも全部この世界の人たちのおかげだ。
そんなことを考えながら歩いていると、私の前を歩く見知った4つの影が見えた。
出稽古帰りの薫さん達と恵さんだ。
その背中に声をかけ、私もその中に混ざる。
5人並んで神谷道場へと帰る。
門を開け中へ入り、私たちは目の前の惨劇に言葉を失った。
道場の壁が破壊されていたのだ。
一体何があったというのか。
立ちすくんでいると、何かに気が付いた緋村さんが道場の扉を開ける。
そこにいたのは、血の海に転がる左之助さんの姿だった。
「息はまだしているわ。この人を別の部屋に移動して頂戴。治療するわ」
そう言う恵さんの言葉に従う緋村さん。
左之助さんの身体を担ぎ部屋に移動させる。
私は、何もできずに立ちすくんでいた。
顔面蒼白の左之助さん。
大量の真っ赤な血。
そこから連想されるのは「死」ということ。
もしかしたら死んでしまうのではないか。
嫌な考えが頭の中で渦巻く。
そして思い出されるあの日の記憶。
私が死んだ日。
左之助さんと自分の死が重なって、うまく呼吸ができない。
あの時の感覚が全身に広がり、私の意識はぷつんと切れ目の前が真っ黒に染まった。