第31章 aquarium(中村)
「ったく…まだまだだな?」
その声に視線を上げる。
「危なっかしくて放っておけない。」
そう言うと、頭の後へ手を回され引き寄せられた。
中村さんの影の中に吸い込まれると鼻先を掠め唇に感じる吐息。
顎に手を添えられ軽く上に向けられれば唇に触れる柔らかい感触。
唇を舌で舐ったと思えば、今度は啄まれるような口づけでくすぐったい。
「こうするんだよ。」
舌なめずりをすれば色気を纏う唇。
発せられる妖艶な声。
「痛くもないし。血の味もしない。」
「それに…ここが高鳴る。」
そう言って、私の胸元をトントンと指先で叩く。
「分かるか?」
目を細めて、窺う視線は私を捕らえて放さない。
それならば…
私だって逃げたりしない。
「分からないです。もう1回。」
「ゆっくりして下さい。」
顔から火が出そうだけど、そんなの気にしない。
これが罠でも構わない。
抜け出せないくらい。
解(ほど)けないくらい。
絡まって身動きが取れないくらい。
巻き付いてしまえばいい。
一瞬驚いた表情を見せた中村さんだけど、すぐに片方の口角が微かに上がったのは気のせいではないはず。
「ご希望通りじっくり教えてやるよ。」
「覚悟しろよ?」
「望むところです。」
再び感じる温かい吐息。
どんな未来が待ってるかなんて分からない。
その前に…
伝えたいこの気持ち…
「私…中村さんのこと…っ」
人差し指で私の唇の動きを止める。
目を細めて顔を傾け…
「知ってる。」
あぁ。そうだ。
あの頃だって私の思いなんて見透かされてた。
いつもお見通し。
再び感じる温度の違う吐息。
「なぁ?知ってた?」
「今では無理やり連れ出すくらいお前を傍に置きたいって思ってた。」
何でもお見通しな上に強引。
出会ったあの時から私はもう虜になっていたのかも。
絡んだ罠はもう私を捕らえて放さない。
身動きが取れなくても、貴方と共に堕ちるのならば…
未来がどんな結末でも構わない。
「真っ赤な顔がよく見える。」
「もっとよく見せて。」
頬に触れそうな指に自ら頬を寄せた。
微笑む顔は優しくて。
慈しむような視線に私の頬は上気する。
「耳まで真っ赤だ。」
心地良い声に早まる鼓動。
視覚も聴覚も嗅覚も貴方の虜。
私の全てを貴方で満たして?
END