第31章 aquarium(中村)
車に乗ってから、一向にこちらを見ない紗友。
さっきから外ばかり見てる。
少しくらいはオレのハンドルさばきに見とれてくれてもいいと思うんだけど。
その気配は一向に感じられない。
「お前は覚えてないかもしれないけど。」
突然始めた昔話。
どうして話そうと思ったのかすら自分にも理解不能。
「初めて会ったあの頃はさ。」
「お前がどう動くのか他のメンバーは見てたんだよ。」
「お前が役を作り込むようなら、俺たちもそうしたし。」
「ただすごく自然体だったから。」
「俺たちもそこまで気張らなくて良いんだって。」
「高校生だったお前が高校生を演じる必要なんて無かったしな。」
「え…そんなの…全然気付かなかった。」
「だろうねぇ。あの頃からお前はいつも一生懸命。」
「前しか見えてない。」
運転してるから紗友の方を見なくて済む。
だから、こうして言えたのかもしれない。
「うー…」
「あはは。褒めてるんだよ。」
もう少しで紗友の家に着く。
こうして何度か連れ回すうちに警戒心も消えたのか教えてくれた自宅。
上がったことは一度も無いけど。
いつかは行けるのかな?
「さて。今日の話しはこの辺で。」
「ありがとうございました。」
「急に連れ出して悪かったよ。」
「………。」
「何だよ…その顔は。」
「いや。何か今日は饒舌だな?って思って。」
「あはは。たまには良いだろう。」
言い終えると助手席の扉を開けて外へ出ようと体の向きを変える紗友。
「中村さん?」
その声にハッとすれば伸びた右手が掴む細い腕。
「あ。悪ぃ…」
「………おやすみ。」