第31章 aquarium(中村)
見つめる先は水槽。
それでも視線の先は見えないはずのその向こう側。
懐かしむように瞼を閉じて、ゆっくり唇を動かした。
「そう。………初々しかった。」
「中村さんは怖かったですよ。」
うんうんと頷く横で反論を投げかける。
「『鶏ガラ』って言われました。」
あの時は出来なかった冷ややかな視線を送れば、即刻逸らされた。
「……言ってねーよ。そんなデリカシーの無いこと。」
「言いましたよ。ショックでしたもん。」
口をとがらせ小さくため息をついてみる。
「………もし…そうなら…悪かったよ。」
聞こえるか聞こえないかの小さな声に笑ってしまう。
「随分素直なんですね?やっぱり心当たりが?」
「ノーコメントで。」
若干棒読みが気になるけど、こんな風に会話が出来るのが嬉しい。
館内に流れる閉館のアナウンス。
「そろそろ帰るか。」
高望みはしないように。
こうして誘って貰える。
一緒に出掛けられる事に感謝しないと。
そう思うのに。
すぐ欲張りになってしまう。
「はい。帰りましょう。」
伸ばしかけた手を引っ込め握りしめた。