第13章 合宿最終日―練習試合―
「お疲れ様です」
黒崎と清水がタオルとドリンクを部員達に渡してまわる。
こんな時でも気を遣ってか、東峰にそれらを渡す役割を清水はそれとなく黒崎に譲る。
心の中で清水にお礼を言いながら、黒崎はありがたくその役目を頂戴することにした。
ドリンクとタオルを東峰に手渡し、そこから何か会話を続けようと思うものの、惜しくも試合に負けてしまった選手になんと声をかけていいものか黒崎は思いあぐねていた。
「…試合前にかっこつけたのになぁ…負けたよ」
「で、でも!競ってたじゃないですか!2セット目なんて最後デュースに持ち込めたかもしれないし…」
言って、黒崎は「たられば」の話をしてもしようがないことに気づいた。
これが公式戦だったら、そこで終わるのだ。
東峰の部活も、そこで終わってしまうかもしれないのだ。
かといって、黒崎はそれ以上に上手い返しは思いつかなかった。
「…次は、勝ちたい……勝てるといいな…」
段々と語気を弱めていく東峰に、黒崎の眉尻は自然と緩やかに下がっていく。
先ほどの試合前の変な緊張感が、今の東峰には感じられず、黒崎はどこかホッとした。
普段の彼と何ら変わらない姿に黒崎の顔はゆるゆると緩んでいた。
「次こそは!頑張ってください」
「おう」
ニッと笑う東峰に、黒崎も同じ笑みを返す。
そんな2人のやり取りを、ネットを挟んだ向こう側で夜久が注視していた。
それに気づいた犬岡が、また夜久の顔を覗き込む。
「夜久さん、どうしたんすか?」
一点を見つめて固まっていた夜久の視線の先を、犬岡が追う。
「…あー、さっきの彼女が気になるんすか?」
「…や、別に」
「またまた~。顔に書いてありますよ?」
「うっせ」
しっしっ、とまるで犬を追い払うかのように夜久は手を払う。
そんな夜久の態度にもめげずに、犬岡は話を続けた。
「夜久さんとあの子…美咲ちゃんでしたっけ?幼馴染なんですよね?」
犬岡にさらりと幼馴染の名前を呼ばれ、夜久は少しだけむかっ腹がたった。
下の名で呼ぶというのは、ある程度親しい間柄で成立するはずだ。
幼馴染のフルネームを犬岡が知らないからとはいえ、自分と黒崎の間に割ってこられたような気が、夜久はしていた。