第12章 合宿最終日ー試合前ー
黒崎はまだ音駒の部員と楽しそうに話をしている。
ちらりと目をやった先の黒崎の横顔は、いつになく嬉し気だった。
自分と話している時よりも嬉しそうに見えて、東峰は胸の奥がチクリと痛むのを感じた。
「おーい、お前らいつまで話し込んでんだ」
黒尾は因縁のライバルであるらしい、烏野のマネージャーと自身のチームメイトである夜久に声をかけた。
2人は昔馴染みであるらしく、久方ぶりの再開に今が練習試合前だというのも忘れて盛り上がっているようだ。
部員の交友関係にあれこれ口を出すつもりはないが、これから練習とはいえ試合だという時に、ライバルチームのマネージャーと歓談されてはチームの士気にも関わる。
それに夜久はリベロだ。
守備の要の彼がしっかりしていなくては、ゲームは成り立たない。
試合が始まれば、夜久だって頭を切り替えて試合に臨むだろう。
しかし、若干妬みを含んだ羨望のまなざしで夜久と烏野マネージャーを凝視している山本の顔を見て、いつまでも放っておくのは得策でないと黒尾は判断した。
「っ、悪い!美咲ちゃん、また後でな!」
「私こそごめんね!おにいちゃんも頑張って」
ひらひらと手を振って黒崎と夜久はそれぞれのチームの元へと向かった。
「敵さんに『頑張って』はないだろうよぉ、美咲ちゃん」
ようやっと自分のチームの元へと戻ってきた黒崎に、田中は苦笑いする。
「あっ…そうですね…!ごめんなさい」
思いもかけず懐かしい顔に会って、相手がライバル校だということはすっかり黒崎の頭から吹き飛んでしまっていた。
しかし自分と夜久がいくら昔馴染みだといっても、他の部員達にとっては関係のないことである。
これから対戦する相手に声援を送るのは褒められたことではないだろう。
自分の浅慮な発言に、黒崎は反省しきりだった。
「黒崎には悪いけど、俺達勝つからな」
普段の柔らかい雰囲気とは一変してピリリとした空気をまとった東峰に、黒崎は一瞬戸惑った。
部活中の真剣な東峰の雰囲気とも、また違う。
試合前というのは、こんなにも東峰の、部員たちの空気を変えてしまうものなのかと黒崎は驚いていた。