第8章 GW合宿 2日目
部屋から出ると、手にした携帯が震えだした。
画面には母からの着信が表示されている。
少しの間も我慢できないらしい。
仕方なく、電話に出る。
「…はい」
『もう!遅い!』
「ごめん」
『もうとにかく誰かに聞いてほしいのよ!!』
母のキンキンした声が頭に響く。
今日はいつものように飲みに出かけてはいないのか、話し相手がいないのだろう。
こんな時は兄か姉がストッパーになってくれるのだが、あいにく今日はどちらも家には不在なようだった。
電話口から母の声が漏れる。
誰かに聞かれるのは恥ずかしい。
人気の無い場所を探して、階下へと歩を進める。
屋外へ出ようとしたのだが、屋外に通じる扉にはすでに鍵がかかっていた。
壁にかかった時計を見れば、消灯時間までもうあと15分というところだった。
仕方なく、ロビーのすみに腰を落とす。
多分母の愚痴に付き合わされるのは長くなるだろう。
今までの経験上培われた勘がそう告げている。
母がこんな風に酔うのは大抵男の人のことだ。
今付き合っている相手と何か喧嘩でもしたのだろう。
母は喧嘩の度にいつも大げさにわめいては周囲の人間を巻き込んで話を聞いてもらいたがる。
大体大したことのない、喧嘩ともいえない喧嘩なのに、悲劇のヒロインの自分が好きなのだろう、涙ながらに相手の非を訴えるのだ。
今回もまぁ相当くだらない愚痴の内容だった。
マジメに聞くのも疲れるだけだから、携帯を耳から少し離して、適当に相槌を打つ。
ああ、とか、うん、とか。そうだね、とか。
否定はせずにただただ母の話を聞く。
いつもはそれでうまく収まっていたのだが、今日の母は虫の居所が悪かったようだ。
私の適当な相槌に気が付いたのか、ちゃんと話を聞けと怒りだした。
気のない謝罪をして、また意識を半分だけ飛ばす。
『…寛治さんがあんな人だとは思わなかったわ…。もう別のとこ行こうかしら。あ、そうよ!北海道に行こうかしら!』
また母の突飛な発言に頭が痛くなる。
思わずついてしまった私のため息など気にせずに、母は新天地へと思いを馳せている。
『この間のお客さんが北海道に会社持ってる人でね!私のこと連れて帰りたいって言ってくれてたのよー』
いつもだったら、はいはいと軽く流しただろう、この母の一連の発言。
何故かこの日の私には軽く流すことが出来なかった。