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【HQ】恋愛クロニクル【東峰旭】

第5章 買い出しに行こう


スパッと、潔子先輩が旭先輩の疑問を切り伏せる。

「そりゃあそうなんだけどさぁ……清水は怖くないの?」

「別に」

つれない潔子先輩の返答に、旭先輩は「清水は強いなぁ」とつぶやいた。

「黒崎は?」

「私は暗いの苦手ですね……あぁでも薄ぼんやり明るい方が怖いかな…」

口にした瞬間、頭に映像が浮かぶ。
チカチカと切れかかった薄いオレンジの常夜灯。
がさがさと衣擦れの音。
くぐもって聞こえてくる、嬌声。
途端、気持ち悪さがこみ上げてくる。

ああ、なんで今、思い出しちゃうんだろう。

「…?黒崎?どうした?」

「あ、いえ」

頭に浮かんだ映像を、記憶を振り払うように首を振る。
思い出したっていいことない。
せっかくの楽しい旭先輩と過ごす時間が、台無しになる。
記憶の奥底に力づくで押し込むように、笑顔を無理やりつくる。
きっと不自然な笑顔だっただろう。
けれど旭先輩は深く追求することなく、きつかったら我慢せずに言えよ?とだけ声をかけてくれた。

ジジ、と音をたてる外灯に、虫が群がっている。
光に集まらずにはいられない彼らの習性を少し可哀相に思う。
どんなに近づいても、その明かりには触れられやしないのに。
ましてその熱で自身が危うくなるのに。

私も、あの虫と同じかもしれない。
どんなに普通になりたいと思っても、呪縛からは逃れられないのだ。

こんな些細なことで、暗い記憶に引き戻されてしまうなんて。

気を取り直して、荷物を保管場所に運ぶことに意識を集中させる。
今日はどうも調子のよくない日だ。
今更、家のことであれこれ悩んだって仕方ないのに。

「ふぅ、これで全部運び終わりましたね。みんな、お疲れ様でした。今日は遅いので家まで送ります」

武田先生の申し出で、全員自宅まで車で送ってもらうことになった。
その申し出をありがたく思いながら、少しだけ残念な気持ちになる。
今日は旭先輩と二人きりの下校時間は実現しないようだ。
それでも、隣の座席に並んで座っているこの時間だって、十分ありがたいのだけれど。
並んで歩いて帰る時より、確実に距離は近い。
時折身を動かしたときに、ほんのちょっと体が触れることもあるし。

けれど今日はそんな素敵な時間を楽しむ余裕も無く、私はぼんやりと闇夜に浮かぶ半月を眺めていた。
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