第5章 金曜日
「私はこの足を使うときが一番楽しゅうございます。それで事足りております」
「・・・アンタ、凄い事言うなあ・・・。人を蹴り飛ばすのが楽しいのか?」
全蔵に言われて綾雁は心底驚いた顔をする。
「とんでもない。私は蹴鞠をしているときが一番楽しいと・・・・」
「ジャンプは知らねえ、蹴鞠が楽しい、アンタ、どこにいるのが一番か自分でもわかってるんじゃないの?」
「・・・・・・・」
「大体アンタ、何だって京くんだりから河合の為にここまで来て、河合が会いに来るのを待ってなきゃないんだ?自分で探して会いに行きゃよかったろう?」
「それは・・・・」
「河合とうまくいかねぇことを立ち読みのせいにしたり、人に心配かけといて誰も迎えに来ねえなんて腹立てたり、駄々じゃなくて何だ?バカな真似してないで帰って見合いして結婚しろ。河合のバカァ、アンタの見合いを知ってて身を引く気らしいぞ。コイツらしいだろ?まあ文字通りバカの付くお人好しのことだ、アンタみたいな駄々っ子と一緒になっちゃ一人で苦労しそうだからな。お互いの為にもアンタは京に戻った方がいい」
「・・・・・・・・」
綾雁は唇を引き結んで俯いた。肩が僅かに震えている。
読めないヤンジャンを綾雁に投げてやって、全蔵は肩をすくめた。
「ソイツは返品だ。読めねえ漫画なんざ何にもなんねえよ。立ち読みされて手擦れのついたボロいヤツの方がなんぼかマシだ。読まれて買われてまた読まれて、雑誌にしたってその方が本望だろうよ」
「売り物を買いもせず傷めるのはなりませぬ」
思い詰めた声で俯いたまま洩らす綾雁に全蔵は苦笑した。
「読まれもしねえよりかずっといいよ。アンタにゃわかんねえだろうけどな」
「私は帰りません。立ち読みを許すつもりもございません。意気地無しも嫌いです」
全蔵に分厚い袱紗を押し付け、綾雁は大きな目に頑なな色を浮かべた。
「間違った事を言っているとは思いません。初志貫徹、徹頭徹尾職務に励むつもりでおります故、当書店においでの際はそのお心積もりでいらして下さいませ」
「行かねえと思うよ」
「それは何よりです。皆様によろしくお伝え下さいませ・・・」
「皆様って今アンタがトドメ刺しちゃったこの連中の事か?」
「失礼致します」
病室のドアが静かに閉められて、綾雁の姿が消える。