第5章 金曜日
「・・・おいおい。ちょっとやり過ぎたろアンタ」
全蔵が鹿爪らしい顔で腕組みして、死屍累々たる病室を見回した。
綾雁を見やって片口を上げる。
「で?次は俺か?河合か?勿論俺だよな?」
「ぐはッ」
河合が延髄斬りを食らってドフッとベットにうつ伏せた。
「あれ?」
全蔵は鳩が豆鉄砲を食らわなかったような顔で、腕組みを解いて河合と綾雁を見比べる。
「・・・・あら?・・・・・・ちょっとヒゲ子さん?」
「立ち読みと意気地無しは許しませぬ」
綾雁は乱れた着物の裾をピッと折り目正しく捌いて、全蔵に潤んだ大きな目を向けた。
「京には帰りません。家を出て勝手をしている私に、・・・・私に会いに来たのは貴方だけでした。お父様でもお母様でも・・・河合様でもなく。ガッカリ致しました」
「・・・・・・ああ、ガッカリ致しちゃったの。悪かったな、そりゃ」
「私は立ち読みという立ち読みがなくなるまで萬里小路には戻りませぬ」
「何だよアンタもルージュの伝言ばりか?鬱陶しいのばっか集まっちゃったな、オイ」
「何人たりとも私の逐次刊行物を汚させは致しませぬ」
キッと言い放つ綾雁に、全蔵はあーあと洩らして盆の窪に手をあて俯いた。
「何でそうなるんだ?アンタそんなに漫画好きなのか?」
その問いに綾雁はキッパリ首を振る。
「生まれてこの方一度として、読んだ事も触れた事も御座いません」
全蔵はカハッと口を開け、閉じて、ヒクッと口角を上げた。
ピクリともしない河合を切なげに見る綾雁を暫し黙って眺めやり、溜め息をつく。
「アンタ、それは駄々ってモンだ」
「駄々?私、駄々などこねた事もありませぬ」
「こねっぱなしだから気付いてねぇだけじゃねえのか?アンタにジャンプを縛る資格はねえよ」
「・・・・何を言われたいのですか?と、言いますか、そもそもじゃんぷとは何です?」
全蔵はブッと噴いて危うく崩折れそうになった。体勢を建て直して綾雁を可哀想な人でも見るような目で見る。
「アンタ本屋辞めろ。ジャンプも知らないで本屋に勤めるなんざ訳がわかんねえにも程があるわ」
「これから勉強致します」
「漫画は勉強するモンじゃねえの。楽しむモンなの。大丈夫か、アンタ?漫画も知らねえで何が楽しくて生きてんだよ、ホントによ」