第3章 一学期
すると渋谷くんがフラっと両手を前に出して足を踏み出した。
その先は兎希に向けられていた。
兎希はそれにびっくりして避けて、避けた先の横山くんにぶつかった。
なんだ?!というように困惑すると兎希の反応に満足したのか、渋谷くんは微妙にニヤッとした。
「それにしても章ちゃん、よくサラダ油借りれたね」
「しーちゃんたちがトイレ行ったあとな、職員室に走ってこーとしたら坂本先生が、『サラダ油かー?』って聞いてきてくれてなあ。そのまま職員室に一緒に行ってくれて、家庭科担当の先生に、サラダ油が家庭科室にあるか聞いてくれてん。そしたら、あるって言うから坂本先生が鍵渡してくれて。ほんで、走ってった!」
「家庭科室の場所は?」
「それも坂本先生がわかりやすく教えてくれてん」
にかっ!と笑い、「あ~、あったかいお湯、忘れとったなあ」と困ったような顔をした。
「安、案外とれてくで!ありがとーな!!」
ちょうど、渋谷くんが、バッ!とサラダ油を使って、オイルがとれてきた手を章ちゃんに見せた。その際に近くにいた兎希の顔にその飛沫がかかり、「ぶわっぷ!」という声が聞こえた。
「安ー!安安!!ハンカチタオル!」
その隣の横山くんが章ちゃんにハンカチタオルを要求する。
「は?きみた、持ってきてないの?」
「落とした」
「また?!」
横山くんが兎希とやり取りをしながら章ちゃんに手を出す。
「ごめん、よこちょ。おれも忘れてきた…」
「まじでか!」
「わたしので良ければ、持ってるよ」
ポケットからハンカチタオルを取り出し、横山くんに差し出す。
「しーちゃん、さすがやわあ」
にこにこと章ちゃんに褒められると、ほんのちょっとしたことでもすごく嬉しくなる。
章ちゃんの言葉や仕草のひとつひとつに左右されてる自分がまた面白い気がしてくる。
「……」
ペコペコしながら渋谷くんもハンカチタオルを求めて近づいてくる。
「あ、すまん、緋刈さん。めっちゃタオル濡らした…」
「あ、ううん、いいよ」
その言葉を聞いて、渋谷くんが「は?」って顔をした。
「俺の手は?!?!」
「知らんわ!」
横山くんにタオルを返された。