第2章 優しいキスをして〈2〉
「……やっぱりね……」
私の目の前には、テーブルに突っ伏すように寝ている母。周りには割れた食器が散乱している。
温かい朝ごはんが用意されているわけでもなく、飲みかけであろうビールの缶が数本あるだけ。
──これが私の現実。
物心ついた時から私は母と2人っきりで生活をしていた。だから、それが普通だと思っていた。
でも、小学校に行くようになって私には父親の存在がない事に気付いて母に聞いた事があった。
「ねえ、お母さん」
「ん?なぁに?」
「なんで凜にはお父さんがいないの?」
「……っ!!」
「……お母さん?」
何も言わない母に不安を覚えた私は、母のスカートの裾を強く掴んだ。
「……お母さん?」
「五月蝿い!!黙れ!!!!!」
「?!」
気付いたら私は地面にお尻をつけていた。母が私の手を振り払ったと気付くのに数秒はかかったと思う。
初めて怒鳴られた恐怖に私は泣き出してしまい、そんな私を母は振り返る事なく前を歩いていく。
私が知っている母は優しく、いつも陽だまりのような笑みを向けてくれている人だった。
でも、今の母は私の知らない母。
私がいくら泣き叫んでも母は振り返ってくれない。
「凜ちゃん、もう泣かないで。お母さんはいつでも凜ちゃんの傍にいるから」
いつもの母だったら泣いている私に優しい言葉をくれた。包み込むように抱きしめてくれた。
でも、いまは違う。
まるで私を拒絶するかのように前を歩いていく。
どうして?!
どうしてなの?!お母さんっ!!
私を置いていかないで!!!
【アンタなんかいらないのよ】
母の声が聞こえたような気がした。
その日以降、母は何日も帰ってこない日々が続いた。