第6章 "その人"の名前
「…今は香澄(カスミ)の話は関係ねーだろ。」
そう言って黒川さんは私に背を向けた。
確かに関係無い。
私は反発心から黒川さんの弱味につけこむようなことをしただけだ。
でも、今言ったことは全て本心。
私は、亡くなった人に嫉妬している。
こんな醜い感情、知りたくなかった。
「黒川さん、ごめんなさい…今のは忘れて。これからはちゃんと連絡するから。」
そう言って寝室に入ろうとすると、黒川さんに後ろから抱きしめられた。
「…前にも言ったけど、シュリを香澄の代わりとは思ってない。」
どうしても、納得できなかった。
「黒川さんの言葉は曖昧だよ…ちゃんと私にもわかるように話してよっ…。」
「シュリの言った通り、最初はお前を通して香澄を見てた。だけど今は違う。」
そう言って、黒川さんは私から離れて玄関に向かった。
また、何も言わずに何処かに行ってしまう…。
「行かないで!!」
思わず叫んでいた。
「行かないでよ、黒川さん…っ。」
私はその場に泣き崩れた。
黒川さんは私の傍にしゃがみ込んだ。
「お前、俺のこと好きなの?」
いつもの飄々とした口調でそう言われ、急に恥ずかしさがこみ上げた。