第6章 "その人"の名前
「ただいま…。」
マンションに帰ると、黒川さんがソファーに座って煙草を吸っていた。
「今日は随分遅かったね。」
黒川さんは笑っているが、怒っているのが伝わってきた。
なんの連絡もせずにこんな時間に帰宅するのは初めてだし、心配をかけたのかもしれないが…黒川さんはいつも何も言わずに好き勝手にやっている。
そう思うと反発心が芽生えた。
「友達と遊んでたの。」
素っ気なくそう返すと、黒川さんが立ち上がって私の目の前に立った。
「連絡くらいしろ。」
「…黒川さんだっていつも好き勝手にやってるじゃん。」
つい、言い返してしまった。
黒川さんの顔付きが険しくなった。
「お前は女なんだから夜は危ねぇだろ。一回痛い目見てるのにわかんねーの?」
その言葉が頭にきて、私は言ってはいけない言葉を口にしてしまった。
「…カスミさん。」
その名前を口にした瞬間、黒川さんの表情が固まった。
「あの亡くなった女性、カスミさんっていうんでしょ?」
「…なんで知ってるんだよ。」
黒川さんの声が低くなり、目付きが鋭くなった。
正直怖かった…しかしもう、後には引けない。
「昨日、うなされながら口にしてたよ。きっとその女性の名前なんだって思った。黒川さんは何だかんだ言っても私を通してカスミさんを見てるんだよ!」
黒川さんは何も言わない。
だけど私は私を止められなかった。
「カスミさんはもういないんだよ!私を見てよ!!」
泣きながら叫んだ。
ずっと言いたかった言葉。
黒川さんを傷付けると分かっていても、もう我慢できなかった。
それくらい、私は黒川さんを好きになってしまった。