第29章 泣きたいときは《十四松END》
もうどうすればいいのか、わからない…
どうすれば十四松くんを笑顔にできるのか… どうすれば十四松くんを救えるのか…
だって、こんなの二律背反だ。どうすることもできない。
だから、わたしは、ただただ十四松くんを抱きしめ続けた。
十四松くんを腕の中で泣かせてあげることしか、今のわたしにはできなかった。
一松「ねえ、さくら。その手首の包帯……なに?」
一松くんに気付かれたのは、翌日のことだった。
包帯を隠すためにつけていたリストバンドを、洗い物をするときにはずしてそのままつけ忘れていたのが原因だ。
わたしが答えられずにいると、一松くんは、わたしの手をつかみ、階段裏の物置に引っ張っていった。
そして、中にわたしを引き入れると、内側から扉をしめた。
一松「……ねえ、もう1回訊くから。その包帯、どうしたの。なんの怪我?」
「その……猫に引っ掻かれちゃって……」
一松「猫……?」
「そう……その……一松くんの猫じゃなくて……この前、十四松くんと出かけたときに道ばたで会った猫で……」
わたしが必死に嘘を並べ立てていると、
不意に、顎をつかまれた。
目が合った一松くんは、怒ったように眉間にしわを寄せていた。
「……どうしたの、一松くん?」
一松「さくらってさ……嘘つくときわかりやすいんだよね。目が泳いでて、必死に頭の中で言葉を組み立ててる顔して、絶対に僕のほう見ないから…」
「……っ」
一松「…で、ほんとはなんなの? この包帯」
一松くんは、血がにじんだ包帯を指差して、再び威圧的に言った。
「……」
わたしは、答えられなかった。
だって、本当のことなんて言えるはずがない。
すると、一松くんは、はあ、と小さく溜め息をついた。
一松「……ま、こんなとこ怪我するなんて有り得ないし、自分で切ったってわかるけどさ……」
「……そ、それは……」
一松「隠さなくていいよ。こんなの、バカでもわかるし」
そして、一松くんは、わたしの背中に手を回し、優しく抱きしめてきた。
「……いちまつくん?」
一松「さくらがそんなに思い悩んでるなんて、知らなかった…」
「……?」
一松「ごめんね」
え…? なんで一松くんが謝るの?
そう言いたかったけど、言葉が出なかった。