第3章 Episode2【勧誘】
そうして今に至るんだけど……。
思い返してみても、未だに状況が信じられない自分がいる。今をトキメク九条さんのお宅にお邪魔して、こうして話してるだなんて。
夢でないと言うなら、なんだと言うのだろうか。
「よし、大分髪は乾いたかな? 後は……着替えも必要だよね」
思考錯誤している間に、髪を拭き終えた九条さんが呟いて、そのまま濡れたタオルを手に、立ち上がる。
そのまま部屋の片隅にある、クローゼットに近づくと白いセーターを一着取り出した。
「これに着替えて。ボクは温かい飲み物を用意するから」
言うなりキッチンの方へ向かいそうになる九条さんを、私は慌てて呼び止めた。
「いえ、大丈夫ですので! それにもう帰らないと……」
タオルを借りただけでも悪いと思っているのに、まして衣類を借りるなんて、とてもじゃないけど出来ない。
ファンの方に知られたら九条さんの評判にも関わるだろうし……。
そう考えて遠慮したのだけど。
「帰るって、そんな透け透けの服で外歩くつもり?」
指摘されて自分の格好を改めて確認して……下着がくっきりと透けていた事に、ようやく気づいた。
「それはその……」
こんな姿を見られていたのかと思うと、羞恥心で可笑しくなってしまいそうだった。
「歩けないでしょ? そのままじゃ。だから大人しくボクの言うとおりにして」
黙り込む私に、九条さんは改めてズイっとセーターを突き出すと、言葉を続けた。
「ボクは向こうで待ってるから。着替えたら声掛けて、送って行くから」
それだけ言うと、部屋に私を残して九条さんは出て行ってしまった。
こうなってしまっては断ることも出来ないし、ここに長居するのもよくない。
私は覚悟を決めて、貸していただいたセーターへと袖を通す。ふんわりとした肌触りが心地よく、優しい香りがした。