第8章 花咲く蒲公英とクロウタドリ
熱はないみたいなのに、リュウが顔を赤くして蹲っていた。
『ふぅ。思っていたより時間を食ってしまった。リュウ、大丈夫?そろそろ休憩時間終わる頃よね。』
「リュウ坊、いつまでも蹲っていて薬室の仕事は大丈夫なんですか?薬室の回りでさっきからお嬢さんが“だれか”を探してるみたいですよ。」
ちらりとオビを一瞥すると、彼は薬室の方向をまっすぐに、けれどもすこしぼんやりとした視線で見つめていた。
―――お嬢さん、と彼が呼ぶ人は、白雪君のことだ。
「白雪さん!」
リュウは何かを思い出したかのようにはっとして、
「…春に収穫した薬草の整理を手伝ってもらう約束をしていたんだった。」
と彼にしては珍しく少し慌てて話す。
その横でオビは飄々としていた。
恐らく、遠目が良く利く彼のことだから、大分前から白雪君がリュウを探していたことを察していたんだろう。
あえて云わない当たりがオビらしい。
オビはいつも白雪君をその視界に捉えている。
だというのに、彼は彼女を名前で呼ぶことがない。
―――――その理由は――きっととても簡単なこと――
『なら、尚更早く戻らないと。リュウ、つれ回してごめんね。』
「ううん。瀬那さんのおかげで摘んだ蕾の蒲公英も戻ってきたし、僕のほうこそ…ありがとう。瀬那さん。」
『リュウ…。』
小さな声で紡がれた感謝の言葉を私はしっかりと受け取った。ターコイズブルーの瞳がまっすぐにこちらに向けられていて、その瞳に自分の見慣れない侍女姿が映っていた。
(この格好、似合わないな…。)
ふと生じたこの沈黙をオビが破った。
「…あの、俺もいるんですけどー。お二人さん見つめ合ってるとこお邪魔しますが、そろそろ時間が迫ってますよ。」
はっとして、リュウと私は息を合わせたかのように、勢いよく首が回るところまで顔をそらした。
リュウの瞳に映っている自分を見ていたとはいえないし、オビには誤解を与え、リュウにも悪いことをしてしまった。
とりあえず、私も薬室に行かなければないし、リュウは仕事の時間だ。
『よし、じゃあ薬室まで急ごう!オビ、リュウのことおぶってあげてもらえない?私は走るから。』
すると、木の陰からよく知った声が響いた。
「瀬那さん。走っては駄目ですよ。」