第2章 粋月
「わたしも本当はなぜ、今さら世間について知りたいなんて思うのか分かりません。…でも、毎日少しずつでいいから新しいことを覚えたいのです。昔のわたしは新聞でさえ手の届かないものでしたから」
凛は大事そうに新聞を眺めてから優しく胸に抱き締めた。
「…ほう。拙者にとっては紙切れ同然だが、凛にとっては違うのだな。ならこれからも凛に新聞を届けるとしよう」
「はい、ありがとうございます」
凛は万斉に向かって深々と頭を下げると、万斉はフッと笑って艦の中へと消えていった。
凛にとって、新聞は紙でできた宝のようなものだった。
これを読むだけで世間の動向や出来事、それだけでなく新しい言葉や知識を教えてくれる大切なツールだ。
新聞や本の書物を読むことは、学問について少し乏しい凛にはうってつけの物であり方法だった。
艦の中はいつも少しだけタイクツで、新聞を読むことはしばしの暇つぶし。毎日読み続けているおかげで文字をスラスラと読めるようになり、もう今では数十分あれば全て読み終わる。
それが終わればまたタイクツな艦の上生活だった。
けれど、今日は月に1度の満月の日。
凛は密かに心を踊らせていた。
暇な時間をなんとか工夫を凝らして使い切り、気づけばもう日は沈み、遠い空には月が見えた。
今日は久しぶりの満月の日。
海の上に浮かぶ大きな満月を眺めながら自分以外に誰もいない甲板に座っていると、後ろからは静かに迫る足音が聞こえた。
けれど凛は怖がることも慌てることもなく、ただ静かに後ろを振り返った。