第39章 いってらっしゃい
普通なら体育館には熱い空気がこもっているはずだが、なぜか過ごしやすい気温で彼らを迎え入れる
全員がそこに入り、苗字を探そうとするがぱっと見たところ見当たらない
「いねーな」
「って言うか…この間来た時と何も変わらない…?」
『ううん。変わるよ』
開いているのは背面の扉だけのはずなのに、強い向かい風がどこからか吹いてくる
どんどん強くなる風に耐えられず腕を顔の前に出して守るようにし、薄目を開けると苗字が棒立ちのままどこかを見つめていた
「名前、これは」
『赤司君、お待たせ』
役者は揃った。本来ここにいなくてもきっと大丈夫だったが、せっかくここまで一緒にいたのだから見届けさせてほしい
彼ならきっと許してくれるだろうと、強風の中彼女は藍色の瞳を開ける
『…行こう』
強い風の音の中落ち着いた苗字の声がなぜかよく聞こえてきた
瞬間、意識が遠ざかる。風がより一層強くなっていき、落ち着いた頃に火神がゆっくり目を開けると、藍色の彼女だけが体育館の中で佇んでいた
あんなに大勢いたはずなのに苗字1人しかいないこの状況を、焦った火神が駆け寄る
「おい苗字、あいつらは!」
『…2号が作る世界へ行ったんだよ』
「2号が?」
『一緒に見たでしょ?喋る2号のこと』
確かに喋る2号は一緒に見たから分かるがと、半年以上前の出来事を思い出している彼に急激に眠気が襲ってきた
倒れてくる火神を受け止め、流石に重かったので床に転がし眠る彼を見てから、扉の方へ歩き外を見る
風に吹かれている葉は宙で止まり、走っている人は髪をなびかせたまま進めず、動かず、瞬きもせずにいる
この体育館以外の、時が止まっていた
『行ってらっしゃいみんな』
もうあとは祈ることしか出来ない。暑さも寒さも感じない体育館の中、火神の横に寝っ転がる
段々と瞼が重くなっていき、意識が遠のいていく
次目が覚めるときはきっともうこの世界にはいないんだろうと悲しい気持ちを抱きながら、意識を飛ばした