第32章 可能性が高いところから
『さっきここから出ようとしたら出られなくて』
「んなわけねえだろ」
このやり取りには覚えがある。苗字だけがドアを開けられず代わりに黛が開けても見えない壁があるのか出られなかった記憶だ
そこまで当時のままなのかと扉を開けようとドアノブをひねるが、押しても引いても扉はビクともしない
『ほら!』
「…」
思えば学校全体が静かすぎる。授業が終わったのであれば僅かな休みでも騒がしくなるはずなのにおかしいと、周りの景色を見て一つの疑問が浮かぶ
「ここって本当にオレの夢なのか」
『…どういう意味です?』
「オレの意思ならこのドア開くだろ」
『黛さんに開かないっていう潜在意識があるんじゃなくて?』
「入り浸ってた場所のドアが開かないなんてことあるわけねえだろ」
むしろその潜在意識があるとしたら苗字の方だと見るが彼女は当時の事を覚えていないはず
これが本当に自分の夢なのかと疑問を抱きながら、覚えてもいない彼女に黛が問いかける
「ここから出られなかったのは、覚えてないのか」
『閉じ込められたってことですか?』
「オレは違う。お前だけな」
『…見えない壁、ですか』
いつも消えそうなときに、ここまでだと知らせるような存在を彼女は思い出し顔を歪ませる
確かに彼女だけ出られず、パントマイムか何かをしているのかを疑った当時を思い返していると、いつもより真剣な表情で苗字が話始めた
『出られなかった記憶はないですけど、見えない壁は覚えがあって』
そんな彼女の声を遮るように、今日も規則的な機械音が鳴り響く
時間切れかと、困ったように笑う彼女が透けていくのを見送りながら目を開けると今日もセミの鳴き声が聞こえてきた