第32章 可能性が高いところから
今日も目を覚ますと真っ白な空間
もう慣れてきたので驚きもせず上体を起こすと、今日もオレンジの髪の女性が彼の近くに立っていた
『おはようございます。黛さん』
「…毎日毎日よく現れるな」
『あたしの意思じゃないんですって』
じゃあ誰の意思だと思いながら立ち上がると、頬に冷たい何かが当たる
何かと思って頬を拭うと水滴がついており、なんで水がと疑問に思っているとパラパラと水が降ってきた
「なんで夢の中で雨が降ってんだ」
『なんででしょうね』
「…風邪ひいたらどうしてくれんだ」
『傘出せばいいんじゃないですか?夢の中ですし』
何もなかったところから傘が出てくる。ワンタッチで開き落ちてくる水滴から身を守るために彼女はそれを差した
なるほど想像すれば出てくるのかと納得しながら傘のイメージをすると、手に折り畳み傘が握られている
差そうとすると苗字の視線が手の中のそれに集まっていることに気が付いた
『…昔、傘貸してくれました?』
唐突な問いに黛の目が見開く
彼女の脳裏に流れているのは雨の中屋上の僅かな屋根の下、本が濡れないように守る自分と、折り畳み傘を渡す黛の姿
洛山の制服を着ている黛に対し、帝光の制服を着ている苗字
こんな記憶知らないはずなのだが、彼が言っていたのはこういうことなのだろうかと彼を見ると、傘も差さず髪が濡れ前髪が下りて瞳が見えなかった
「…お前に貸したラノベが濡れたら困るからな」
『そんなこと、前も言ってましたね』
「思い出したのか?」
『…他にもあるなら、一部分だけ』
傘を差した黛は濡れた前髪をかき分けて、いつものように何も読み取れない瞳を伏せて溜め息を吐いた
「早くオレの苦労を思い出せよ」
『苦労ってなんですか。家に帰せばよかったじゃないですか』
「屋上から出られねえって騒いでたの覚えてないのか」
『覚えてないですって』
その一言と一緒に、今日も規則的な機械音が聞こえてくる
存在自体が薄くなっていく彼女を見送った後目を開けると、いつもの天井が視界に入るとともに雨音が耳に入った