第30章 久しぶり
「名前ちゃん、征十郎君も」
『おかえりなさいお母さん』
「お邪魔してます」
「泊まってく?」
「いえ、帰ってやることがあるので」
「そっか、また遊びに来てね」
『お母さん、家の前まで送って来るね
あとテーブルにベビーカステラ置いてあるから、食べて』
いつもと様子の変わらない雪に赤司は疑問を持ったが、苗字に背を押されそのまま玄関に向かい外に出る
何か言いたげな赤司の思っていることは分かっている。扉が閉まったことを確認した彼女はそのまま説明を始めた
『雪さんは私が私に変わってるって、気づけないようになってる』
「…どうしてだい?」
『この世界じゃ主要人物じゃないからね』
昔苗字が言っていた何かの話だろうと赤司が察し、何か関係があるのかと考え込む
「主要人物かそうでないかに関係はあるのか?」
『私に変わっていることが分かるくらいかな?夏休みだしあんまり会うことないと思うけど』
「どこまでが主要人物かは、話せるか」
『それなら、』
そこまで話したところで、彼女が耳のあたりを押さえる
眉間に皺をよせ、調子が悪いのかと心配し近づくと、思ったよりも早く彼女は手を下ろし笑った
『ごめん。話しちゃダメみたい』
「…今のは?」
『耳鳴り。話しちゃいけないこと話そうとすると鳴るようにされてるみたいだね』
迎えに来た時より過ごしやすい気温だが、まだ暑さが残っている
どこから吹いてきたか分からない風が、何とも言い難い空気を動かした
『あと聞きたいことは?』
「…今のところないね」
『思いついたら連絡してきてもいいよ』
「やけに協力的だな」
『消えたら困るのは私も同じだから、じゃあ気を付けてね赤司君』
「ああ、おやすみ」
『うん。おやすみ』
記憶の中にたくさんある赤司の後ろ姿と重ねながら、彼女と同じように彼の姿が見えなくなるまで家の前に立ち、見送る
記憶が共有できても私は彼に何も思えないんだなと、新しい事実を知りながら別の人物を思い浮かべ家の中へと戻った