第20章 消えた彼女
火神がその感覚に駆られている隙に、今度は苗字が2号に問いかける
『ねえ、その願いってあたしがこの世界に来たがってたことじゃないの?』
「いや、もう1つあるだろう」
『…それ以外にってこと?』
「君が、この世界で過ごした記憶を忘れたがっていることだ」
『あー…』
誤解を招いている気がして、勢いよくこちらを見た火神と目を合わさないように苗字が顔を背ける
忘れたいとは決して悪い意味ではない。現実ではこの世界のようにうまくいかない自分が嫌いだったから
だから忘れてしまいたいと思っていたこともあった
「僕は君の忘れたいという願いも叶えた
出来たのがあの藍色の子。あの子は君の想像で生まれた」
記憶が消されても完全には消えずどこかに何かが残っていることを彼女は高校時代に学んだ
それで何かが鍵となり思い出せたのだと察する
キセキ達が苗字との思い出の品を持っていたことが証拠ともいえるだろう
何をしたとしても、今回この世界に苗字を連れてきてくれたのは目の前の犬だという事実は変わらない
しゃがみ、オレンジ色の長い髪を耳にかけて2号の頭を撫でる
『ありがとう2号、願い事を叶えてくれて』
「礼には及ばないよ」
『いや礼に及ぶんだけどなあ』
もう来れないと思っていた世界に来れたのだ
感謝してもしきれないと言う彼女の瞳はピンクと黄色のグラデーションをしている
その目をじっと見つめ、2号は口を開く