第20章 消えた彼女
「ここで逃げても、お前が辛いだけじゃないのか」
核心を突かれたとはこういう感覚なのだろうと、どこかで冷静な自分がいる
彼の言うことは間違いなかった。他人を押しのけてまで奪い取った場所にいつまでも居られるほど私の心は強くない
でも、消えたくない。そんなどうしようもない思いを彼にぶつける
『どうすれば、いいんですかね』
「知るか」
予想外の質問に目を見開いた。こういう時普通は一緒にどうするべきか考えてくれるものじゃないのだろうか
それとも優しいキセキ達に自分が甘えているだけなのかと少し反省する
「そういうこと相談するのはオレじゃねえだろ」
『す…すみません』
「もうすぐ火神が来る」
『…え』
どうしようと脳の中が焦りでいっぱいになる
逃げてしまった手前会うのがなんだが気まずいような、でも迎えに来てもらえて嬉しいような気持ちが共存する
今更彼と何を話せばいいんだろうと困っていると、横にいる彼が文庫本を苗字の額の上に乗せる
『なんですか、これ』
「もう1人のお前に渡しとけ、お前が読めてない最終巻だってな」
『…あの子に身体、返さないかもしれないですよ』
「それならお前が読めばいい」
『黛さんは、どうしてここまでしてくれるんですか』
「気分」
問いかけに返ってきた言葉は本音なのか、はぐらかされているのか分からない
腕時計を見た彼は立ち上がる。黒子と雰囲気が似ているのに、性格や佇まいが全然違う
「じゃあな」
彼は去っていく。本当に見張りに来ただけのようで、拍子抜けしてしまう
彼の背中が遠くなっていき見えなくなった頃、入れ替わりで後ろから足音が聞こえてくる
「苗字!」
『火神君』
「急に病院抜け出すな!みんな心配してんだからな!」
そう言いながら額の汗を拭う火神。彼も先ほどまでいた彼と同じく息が上がっている
何を話そうと困っていたが、彼と顔を合わせると意外とすんなり言葉が出てきた