第20章 消えた彼女
走って何かから逃げているが行き場がなかった。知り合いがいないから
知り合いは元々の私を知っている人しかいない
でも彼らが必要としてるのは私じゃなくて、今私の中で眠ってる本来のこの身体の持ち主で、私じゃない
『…っ、』
世界に必要とされてないような気持ちになり、涙が溢れてくる。だがそれは事実に間違いなかった
そもそも彼らが一緒に居てくれるのは、私を消して記憶が戻すため。私が消えた事をみんなきっと喜んでくれるはず
頭ではわかっているのだがどうしても消えたくなかった
どうしようもないこの感情を抑えられず足を止めて、邪魔にならないよう道の端にうずくまる
どれだけ時間が経っただろうか、涙ももう出ないのではと言うくらい泣いたところで「おい」と声がかかった
警察か何かだろうと顔を上げると、無表情でこちらを見ている瞳と目が合う
『…ま、ゆずみさん、なんでここに」
「寝てたら行けって夢に出てきたんだよ。ムカつく犬が」
先程のおじいちゃんも夢がとか言っていたが、ムカつく犬とは自分も経験したあの喋る犬なのだろうかと考える
『2号のことですか?』
「そんな名前の犬だったかもな」
やはりそうかと自分の中の予想が合致し落胆する
彼はその犬に私を捕まえろと言われ走ってきたと推測する。息が切れて汗をかいていた
『捕まえに来たんです?』
「んなわけねえだろ」
『……え?』
「犬に見張っとけって言われただけだ」
『それ逃げないようにって意味なんじゃ?』
「そうは言われてねえ」
予想が外れた。無表情の彼は嘘をついていないようだ
そもそもなぜ彼は助けてくれるのだろうと疑問に思う。思い出した記憶の中で彼との接点はない
「座れるとこいくぞ」
彼は終バスはとうに来たバス停のベンチに腰掛ける。苗字も黛の隣に腰掛けた
しばらく沈黙が続くがこちらから話しかけることもない
微妙な雰囲気にスマホもないので何も出来ず困っていると、黛から話しかけてくる
「逃げて、どうするんだ」
『……どうしましょうね』
「オレに聞くな」
『聞いてきたの黛さんですよね?』
逃げてもどうしようもないなんてことも、逃げてる時点で思い出してると伝えているようなことも全てわかっている
ただ逃げた理由は1つだけ、消えたくなかった