第19章 大晦日
彼女は力を入れているようだが、火神では振りほどけそうなくらいの握力
その手を振りほどかないように気をつけながら、彼はトークの1番上にいる黒子に電話をかける
「黒子!今から来れるか!」
「夜中にいきなりなんですか火神君」
「苗字が、消えそうだ」
「…すぐ行きます」
電話の向こうでバタバタと音が聞こえる。場所を聞かれたので駅の前を指定した
救急車を呼ぶべき体調なのかもしれないが、消えかけている今そういう事態ではないとわかっている
スピーカーにして通話を続けたまま消えそうな彼女の背中をさする
落ち着かせようと試みるが、一向に頭痛も呼吸も落ち着く様子は見られない
「今いるのは公園かどこかですか」
「いや、駅近くのベンチ」
「出入口とかはないですか」
「ねえ」
走りながら話を聞いた黒子は、よほどのことがない限り消えないのではないかと推測する
彼女が消えた時にはいつも、出入り口に見えない壁があったから
今更タクシーを呼んだ方が速かったかと考えるが、今から呼ぶのも時間がかかる
火事場の馬鹿力というのはこういうことなのだろう、足を止めず全力で走って今までにない速度で駅に辿り着く
「火神君!」
「黒子!」
「名前さんは!?」
待っている間もずっと頭痛に悩まされていたのだろう。今までの中で一番調子が悪そうで、身体も透けている
駆け寄ってきた黒子に名前が目を向ける
『く、ろこくん』
「横になりましょう、顔色が悪いです」
『あの、リボン、誰に渡したっけ』
黒子が目を見開く。その光景を見た後でこんなに調子が悪いのか、はたまた思い出し始めたのか
今の状況で聞くことはできないが彼女が何を聞きたいかは理解しているつもりだ
今まで避けてきた真実を彼は突き付けることにする
「…赤司君ですよ」
頭痛が止まり、体が楽になる。そうだった、全部彼だった
『せい、じゅうろう』
瞬きをしてそう呟いた彼女の瞳は懐かしい色をしていた
ただそれに気付いた次の瞬間に彼女の体が傾き始める
「苗字!」
「名前さん!」
黒子が何とか受け止めた彼女の体はもう透けていなかった