第14章 冒険に行こう
「どうぞ名前」
『ありがとう』
最後の3回戦、赤司から渡された手札は何も揃っていない
3枚だけ交換に出すと唯一ジャックの1ペアが揃う
『うーん…』
こんなんじゃ赤司に勝てないとわかっている苗字は明らかに表情を変える
それを見ながら赤司も3枚交換に出す。山札から3枚カードを引いて彼に渡す
「1回流すかい?」
『ううん。降りるの無しなんだよね?』
「そうだね。じゃあ、開示しようか」
赤司の合図に自分の手札をテーブルの上に並べるが、並べたところで自分の手札が変わるわけない
ただ、彼の手札を見ると何も揃っていなかった
『あれ、勝った?』
「ああ、オレの負けだね」
思わずふう、と緊張して猫背になっていた姿勢を開放し、背もたれに寄りかかる
ただのゲームなのに心臓がドキドキしていて、疲労感が一気に襲ってきていた
『なんか疲れちゃった』
「アイス食べるかい?さっきワゴン回ってたから追いかけて買っておいで」
『自分でお金出すよ赤司君。大丈夫だからね』
財布を出そうとする赤司を制し、最低限の荷物を持って2人の前を通り席を出ていく
彼女が隣の車両に移ったことを確認した赤司が口を開いた
「気をつかわせてしまったかな」
「まあ、あんだけ伏せてしゃべればな」
「名前を出す訳にはいかないでしょう」
「…じゃあ質問だ赤司」
「はい。なんでしょう」
「今お前は苗字のこと、どう思ってんだ」
分かりきったことを質問してくる黛に赤司がふっと笑った
ただその瞳はどこか悲しそうでどこを見つめているのか、何を見ているのか分からない
「…今の名前は、オレの好きな名前とは違うみたいなのでね」
「ま、調子狂うよな」
「記憶が戻れば、オレを選んでくれると信じてますけど…まあ、名前がいない世界より今の方が幸せですね」
赤司はどこか心に穴が開いたような感覚で過ごした高校の後半を思い出す
世界のすべてが彼女の存在をなかったかのようにして、写真を見返していると何かが足りない気がして急に涙がこぼれてくるあの日々を
それを今思い出すだけでも、彼の目頭は熱くなっている