第1章 【深窓のご令嬢?】
【第1話】
この世には唯一つの恐ろしいこと、唯一つの許しがたい罪がある。それは「退屈」である。
【オスカー・ワイルド】
「ああ、そのとおりだ」と少女はいやみったらしく小さく鼻で笑うと、読んでいた本を閉じ、自分も静かに目を閉じた。
季節は7月末。さんさんと照りつける太陽がまぶしい正午ごろが、この屋敷では一番過ごしやすい時間帯だ。レースのカーテン越しに部屋に入ってくる日差しと風が、ちょうど良い具合に部屋を包み込み、程よい眠気を誘う。
『サンクチュアリの森』とは名ばかりの深い暗い森に囲まれたこの屋敷は、例え夏でも、夜はもちろんのこと夕暮れ時にはもう上着が必要になってくるほどである。だからこそこの恵まれた時間を存分に堪能しようと、クリスはソファーに横になって寝息を立て始めた。これが彼女流の「せめてもの有意義な時間のすごし方」である。
そんな彼女の至福のひと時を邪魔するように、何者かが扉を叩いた。クリスは寝っころがったまま返事をすると、1匹の屋敷しもべ妖精がティーセットを持って部屋に入ってきた。
「失礼いたします、お嬢さま。紅茶を持ってまいりま……お嬢さま!!」
チャンドラーと言う名のこの屋敷しもべ妖精、外見はかなりの年なのだがそうとは感じさせないほど大きく甲高い声を出す。
それはこの種族の特性なのか、はたまた毎日のお説教という名の発声効果なのかは分からないが、とにかく耳を被いたくなるようなキンキン声に観念して、クリスはゆっくりとソファーから身を起こした。
「あぁ、やっぱりこんな事だろうと思いました。こんな天気の良い日は部屋閉じこもらずにお庭で箒でもお楽しみになられた方がいいと私めは申しましたのに……それなのに、真昼間っから部屋でゴロゴロと昼寝など!私はお嬢さまがどうしても読書をしたいと仰ったからそれを信じて――」
こう説教が始まってしまうと、例え素直に返事をしようが小生意気に口答えしようが、止めることは不可能なのはこの11年間でよく学んでいる。右耳から入り込んでくる説教を左耳へと流しながら、運んできてもらった皿に綺麗に並べられたクッキーに手を伸ばした。