第4章 紫陽花(三井)
「おい、ヨシノ! オレのネクタイ曲がってねーか?」
「曲がってないよ」
「ちょっと見て、オレの髪、おかしくねー?」
「おかしくないよ」
最寄り駅からの道すがら、30秒に一度は何かと聞いてくる三井に、ヨシノのイライラは頂点に達しようとしていた。
「なー、ヨシノ」
「曲がってない! おかしくない! 汚れてない! 安心した?!」
先ほどからソワソワと落ち着きのない男が望んでいるだろう言葉を並べてみたはいいものの、どれも外れてしまったらしい。
「ちげーって! 親父さんのこと、なんて呼んだらいいかな」
「はあ?」
「ほら、オトーサン・・・は、やっぱちげーじゃん。ここは、モリスさんがいいかな、やっぱ?」
初めて会う相手に、ものすごく緊張しているのだろう。
あまり眠れなかったというし、今朝もなかなかトイレから出てこなかった。
「まー、モリスさんがいいかもね、最初は。うちのお父さん、すごい気難しいから」
「オイ、ビビらせんなって、マジ!」
「ふふ」
この日のために新調したというスーツとネクタイ。
散髪したての頭。
靴墨で手を真っ黒にしながら磨いた革靴。
全部、三井の決意の表れだ。
ヨシノは嬉しくなって、広い背中をバシバシッと叩いた。
「なに弱気になってんの、炎の男でしょ? 自信持ちな!」
「それは徳男が勝手に言ってたことだろーが」
不満そうに口を尖らす仕草は、いくつになっても変わらない。
我儘で自信家のくせに、打たれ弱いのも変わらない。
でも・・・
「よし、行くぜ!」
一度腹を括ったら、ただひたすら真っ直ぐ、ひたむきなのも変わらない。
ヨシノの右手を握る、大きな手。
少し汗ばんでいる。
とても、とても、力強い。
「お前との結婚、許してもらわなきゃな!」
二カッと白い歯を出して笑うその顔は、世界で一番カッコイイと思った。