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【短編集】夢工房。

第2章 カカオフィズ(及川・岩泉)





2月14日だったのは、ただの偶然。

そういうことにしておいた。



ゆったりと流れるジャズミュージック。
丁寧に磨かれたアンティークのジュークボックス。
世界各国から集められた数百を超えるボトル。

1970年代に創業したというバーは、どこか懐かしさを残すものの、けっして新参者を拒みはしない。
都会の一角にひっそりと広がる、日常から切り離された別世界。
今日がバレンタインデーということもあるのだろうか、店内には2、3組の男女が静かにカクテルと会話を楽しんでいた。



23時30分。


美しい弧を描くカウンターの一番端に、一組の若いカップルが座っていた。

否。
カップルというには、二人の間には距離がありすぎる。

女性は酔いが回ってしまったのか、先ほどからバーテーブルに突っ伏している。
男性は時折女性の方を気にしながら、一人静かにライチのリキュールを使ったカクテルを口に運んでいた。

鮮やかな青が美しい洋酒は、かつて彼が着ていたユニフォームと同じ色。

この“チャイナ・ブルー”には、思い出が詰まり過ぎている。

男性は、グラスについた水滴が流れるさまを見て、切なそうに瞳を揺らした。



2月14日が終わるまで、あと30分。



外の喧騒との境界線となっている、木のドアが開く。
カラン、とカウベルが音をたてた。


「いらっしゃい」


マスターの穏やかな声に迎えられながら入ってきたのは、細身の黒いチェスターコートにバーバリーチェックのマフラーを巻いた長身の男。



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