第25章 桜の咲く頃 二幕(六歳)
だが、言葉は続かず…
刃先の方に頭を戻すとゆっくり後ずさる
秀吉が後ずさりするほど、刀が長く見えはじめ
それを握る謙信の姿も見えてくるのだ
「けんしんさま、おはようございます」
異様な光景だと言うのに、湖はなんともないようにそれを見て挨拶するのだ
「ひでよしさまも、おはようございます」
「湖、朝餉の用意が出来ている。しっかり食べろ」
「うん。たべるっ。けんしんさまは?ごはんたべたの?」
白粉に抱えられたままの湖
そんな謙信に尋ねれば
「朝餉の前の鍛錬を、豊臣 秀吉とするところだ。気にせず食べていろ」
「うん、わかった。がんばってね」
「っ、解るか!!刀を納めろ!第一、俺は光秀を止めてあそこに行っただけだ」
「そんなことは言っておらん。俺は、眠りを妨げた事を咎めているだけだ。いいから、刀を抜け…信長の腰巾着」
ぴくりと、空気が変る
「湖…、朝餉は広間だ。後で改めて謝罪に行く。中に入ってくれ」
「うん?わかった。じゃあ、けんしんさま、ひでよしさま、たんれんがんばってね」
白粉と湖が入れば、広間の襖は幸村にぴしゃりと閉められる
「あさ…ごはんは?」
朝餉があると聞いたのに、そこにあるのはこぼれた腕と、皿の数々
何故か、光秀と兼続の御膳だけは無傷だが…
「今、運んでくる。気にせず、待ってろ」
幸村は、ため息を零した
すると、部屋の外からバンと床を蹴る音が聞こえ…だんだん小さくなっていった
「某は、秀吉殿の方へつきます。恐れ入りますが、幸村殿はこちらをお願いいたしまする」
カシャンと、箸を置いた兼続
その器はどれも空で、綺麗に食べた事がうかがえる
「ひきうけてやる…」
ため息交じりの幸村は面倒そうにそう答え、女中に寄って運ばれてきた御膳を湖と白粉の前に下ろした
「俺の監視は、真田幸村か…面白いな」
ふっと光秀が笑うのを、幸村は視界の端に入れながらまたため息を零した