第24章 桜の咲く頃
桜が舞う
ひらひらと、目の前を
(きれい…ずっと、ずっと咲いて…)
安土では、春を呼ぶかのように暖かな風が時折吹くこの頃
お世話になった深靴から、草履に変え
綿羽織もそろそろ離さないと行けない頃
自室を出てすぐの板張りに腰掛け、足を庭の方へと放り出しながら座った湖
その目線の先にあるのは、まだ蕾の堅い椿の花だ
(まだ咲かなそう…椿って、桜と同じくらいに咲くのだっけ?)
肩に綿羽織を引っかけて、ふらふらと足を振りながら呆ける
深い冬時期、遠出もできず出かけても城下町くらい
それに出かけたのは、もう大分前だった
(年明けから少し怠いんだよね…どこが痛い、苦しいというわけでもないのに)
盛大なクリスマスを祝ったあと、ばたばたと年を越し
短い間に二度の宴が開かれた
その後まもなく
湖が微熱を出し始める
ちょっとした風邪だと思われた
目を離せば、裸足で庭に下りているのだ 当然だと
(でも…長い気がする…)
あれから二ヶ月、体がだるく時折高熱を出すようになった
そうで無い時もある
調子が良ければ、いつものように女中の手伝いに文の配達などするのだが
今日の体は、熱っぽい
朝起こしに来てくれる女中に、今日は大人しく過ごすようにと言われてしまったのだ
「…外…行きたいな…」
ぽそりと口から漏れたそれを聞いていた者が居た
「じゃあ、行くか?」
「えっ、あ。政宗、お帰りなさい。今日帰ってきたの?」
「さっきな。秀吉は、信長様のところへ報告に行ったが…俺は、お前に渡したいものがあってな」
秀吉と政宗は、安土から少し離れた領地へ視察に出ていた
会うのは10日ぶりだ
「おつかれさまでした」
自分の横に腰を下ろすのは、政宗だ
ギシッと、木の音を立てながら横に座れば、懐から包みを出し差し出してくる
「開けてみろ」
湖は受け取って、中を開けば
「っ、ふにふにしてる。なぁに、これ?」
「千歳という名の菓子だ。食ってみろ」
茶色い和菓子が入っているのだ
進められるまま口に含めば、それは求肥(ぎゅうひ)で蒸し餡を包んだ菓子だった
「甘い…おいしい」
幸せそうに食べる湖を見ながら、その額に手をかざす政宗
「…微熱か?」