第29章 桜の咲く頃 五幕(一五歳)
「喜之助っ、喜之助!」
父親に頼まれた使いを終えた後、城壁に沿って歩いていれば何処からか自分を呼ぶ声がするのだ
気のせいかと首を振って歩こうとすると…
「喜之助ってば!」
と、やはり声がするのだ
「・・・っ?!」
なんだっと、気味悪く思いながら上を見れば
城壁の上に湖が座って自分を呼んでいるのだ
「お、っ、お、っお前?!」
「喜之助、お久しぶり」
「お、お前!なんでそんなとこっ」
「しっ!しーだってば!!見つかっちゃうから!」
慌てて自分の口元を塞ぐ喜之助
「喜之助がちらっと見えたから声かけたの。元気だった?」
ふふっと笑う湖は、前見た時より大人びて見える
「…そこにどうやって上ったんだよ…」
「え…えーっと。ひみつ…?」
気まずそうに視線を逸らす湖を見れば、その表情は喜之助の知っている湖のままだ
「ふはっ、まぁいいや。裳着したんだろ?おめでとう」
「ふふ。ありがとー」
「で。最近、何やってんだよ?」
「なーんにも。出ちゃダメって言われてて暇してるよ?」
「ふーん。俺は、兼続様に「湖様はお忙しいのです」って聞いていた」
「今の似てた!」
あははっと二人して笑いあい
とりとめない話を弾ませた
「なんにしても、元気そうで良かったよ…おてんば姫さま」
苦笑する喜之助に
「なに?その姫さまって」
と、湖はくすくす笑うのだ
その顔は自分の姉より大人びてて…
「お前、美人だな……」
「へ?」
喜之助はまっすぐ湖を見上げながら思った
(9と15じゃ…相手にもされないか…)
少し前から気づいていた自分の淡い恋心
違うと否定しつつも、気づけばよく見ていた少女は
一気に姉と同い年になってしまった
「…き、喜之助?へんな物でも食べたの?」
はぁっと1度下を向きため息をついた喜之助は
呆れた顔を向けつつ
「見た目は美人でも、中身は6歳児のままだな」
と、小馬鹿にした笑みを浮かべるのだ
「なっ、喜之助!!いじわ…っ」
「俺はそんなお前が好きだよ」
湖の言葉に被せるように伝えられた言葉は、そんな彼女の目を見開かせた
「…喜之助...?」