第29章 桜の咲く頃 五幕(一五歳)
その頃、とある宿の一角にて
「…湖とは、な…」
「はっ、…確かに、幼子がひと月ごとに大きくなって場内に匿われているのはわかっています。名は、湖。先日見た際には、年は十七、八程に見えました」
越後、春日山城から程近い城下宿で僧侶の格好をした男が二人
薄く開いた引き戸から城を見ながら話をしていた
「教のこともあるが…」
(この世の中、あやかしもいれば、呪いや祟りもある…ましてあの娘は、初めから奇怪な存在だった…飯山城周辺には昔から伝え聞く鬼の伝承もある…)
「教…ですか?」
顕如の呟いた名前に憶えがないのか、相手の僧侶は不思議と彼を見る
「なんにせよ、湖に間違いはないのだろう…それであれば、どうにか手に入れたいところではあるな…」
「飯山城へ向かう…その間はいかがかと…」
「うまく山道を使えば…か。織田のみならば、それも考えたが、今は上杉に武田もいる。軒猿や三ツ者も付いているだろう…あれらは、こちらの分を悪くする」
「っ、確かに…」
情報収集ならば、織田よりも武田や上杉に分がある
「恐らく、私の場所も解っているだろうよ…」
「な…」
それでも、焦りの顔を見せない顕如
「さて…どうしたものか…」
コトリと置かれた湯呑に茶はもう残っていない
「……場内に出入るしている子供が何人か居たな?」
「はい。不定期にはありますが家臣の子を集め学を説いていると聞いています」
顕如は目を瞑ると、にやりと口角をあげる
「その子どもの中でも場内の出入りが多いものを探れ」
(直接狙う必要はない。餌を撒くとしよう…鬼が此処にいる。ならば、姫の周りは手が厚かろう…だが、どこまで周りに目をかけているか…薄ければ、そこを突くのが得策だろう)
「かしこまりました」