第29章 桜の咲く頃 五幕(一五歳)
「かかさま、みてー。コロ、あんよしてるよー」
コロの前足を握り手を引くように歩かせながら、湖が笑う
「湖、熊は立つが二足歩行はしない」
信長と秀吉が出た後、白粉と湖は呼び出された理由もわからず、だが、もう用はないその様子にすぐに部屋を出た
そして、庭にいたコロと村正と湖が遊びだし、白粉は縁側に座ってその様子を見守っていた
「白粉殿、どうぞ」
兼続が茶を持って、白粉のそばに置く
「あぁ、ありがとう。兼続」
「…湖様は、大きくなりましたが変わりませぬね」
「体は大きくなっても、中身はまだ数ヶ月だ。仕方あるまい…座ったらどうだ?お前も」
茶を置いた後、兼続は立ったままで庭の方を向き白粉と話をしていた
「え…」と、白粉にかけられた言葉に一瞬躊躇した兼続だったが、静かに白粉の横に腰を下ろすと…
「…織田より、あなた方を寄こせと…以前、文があり申した…」
「そうか」
「…白粉殿の意向は…貴殿のお考えを…うかがえますか…」
今の兼続の隣にいるのは、数日前までの見慣れた白髪の白粉ではない
兼続と歳も変わらぬ見た目
柔らかい薄茶の髪と目
「私の…意向か?」
その目が兼続を捕らえる
驚きを含む、少し不安げな色をにじませて…
「さようでございます」
「私は…謙信や信玄の意向にしたが・「いえ」・・」
白粉が言い切る前に兼続がかぶせるように声を張った
「白粉殿がどう思っているのかをしりたいのです。安土に…戻りたいですか?」
(戻る…?)
兼続は白粉から目をそらさない
答えを待っているのだ
「…戻る…という言葉を使うのならば、私が戻るのはおかか様の場所だ…安土は、立ち寄った土地。あそこには…そうだな、墓がある…我が子と、我が友と、私自身の。だが、戻る場所ではない」
それを聞くと、兼続はふっと息を吐いた
その顔はまるで安心したかのように…
「兼続?」
「いえ…白粉殿…その、某は・・」
「ひ、あっ・・」
「「?!」」
兼続が言葉を発している最中だ
湖の驚いた声に、二人はすぐに視線を戻す
「光秀さん??どうしたの?」
すると、見えたのは光秀に抱えられた湖の姿だ
「あ、明智 光秀っ!!何をっ」