第28章 桜の咲く頃 四幕(十二歳)
「おや、佐助。君も以前より少し若く見えるな…まぁ、いいか。一目見たかっただけなんだ…十二には思えない大人びた顔つきに、甘い香り、瞳の色も日に当たって緑とも見える…母者もさすが美しいな……うん。美しいものはなんであれ好きだよ」
おい…っと、誰となく突っ込みたくなる義元に
最初に声を発したのは湖だった
「美しい……?」
「あぁ。美しいものは、無条件に人の心を動かす。俺は、のうのうと此処まで来てしまったからな」
ちらっと、横にいる白粉を見上げると
「かかさまは、綺麗よ」
「君もね」
怪訝そうに眉間に皺を寄せる湖の表情は、あまり見たことないものだった
だが、内心は湖を良く知るものなら予想はつく
(あぁ、これは「何を言ってるんだろう」って顔だな)
佐助は、湖をちらりと見ていた
「君は…まさか無自覚なのかな?」
そう言うと義元は後ろに振り向き信玄を見る
そして信玄の苦笑いを見て察すると、今度はすっと湖との距離と縮めた
自分の胸より下にある湖の顎に指をかけ、優しく持ち上げ
「…この髪も」
するっと、栗色の髪を持ち上げればハラリと指の間を通し落とし
「義元」
謙信が動こうとすれば、信玄は片手をあげて止める
そして、謙信と目を合わせると頭を横に振った
(義元の言葉で…ある程度自覚させることが出来るなら)
と、そう信玄は考えたのだ
身近な面々が湖に容姿の事を注意したところで聞く耳持たないのだ
始めて会う人間の言葉であれば…多少は受け入れる可能性はある
仕方ないと、謙信は小さく舌を打つ
幸村は、慌てふためいた瞬間にいち早く状況を察した佐助に後ろからがっちり掴まれ口を塞がれる
白粉も同様
佐助を補助するように、幸村の動きを塞ぐのだ
「光の加減で変わる瞳も」
義元の長い指が湖の目元から頬へと流れるように触れる
「透けるような肌の色も、ほんのり色づく頬も」
間近にある義元から目が離せない
この「美しい」という言葉がぴたりと当てはまる男は何を言っているのだろう?と、湖は未だにきょとんとしたままだ
「誘うような小さな唇も」
唇を親指で撫でるように触れる