第28章 桜の咲く頃 四幕(十二歳)
「湖のところに行ってくる…あいつ、今一人…いや、猫がいるか」
「あぁ。湖さんなら白粉さんと一緒に信玄様の部屋あたりで、村正とコロとじゃれてたよ」
「殿」
兼続に再度声をかけられれば、謙信は軽く息を吐き立ち上がる
「…あぁ」
「俺も付き合う」
兼続と謙信、信玄も立ち上がって客の待つ部屋へと向かった
一緒に幸村も出て行く
「さて、俺は…」
「佐助様、報告を」
一人になった部屋に別の声が聞こえてくる
軒猿の一人だ
「今は、北条は今川の被害で動けません。それと、今川義元ですが…姫様の事に気付いている様子。少々気がかり…」
「解った」
佐助が返答すれば、近くにあった気配が消える
(今来ているのは…今川の使者だよな…まさか、本人って事はないだろう…あの人ならあり得そうで……嫌な予感がする)
佐助の予想はあたり今この場に来ているのは…
「義元…久しぶりだな」
「久しぶり、信玄。謙信」
部屋を覗けば、今川の使者ではなく居たのは今川義元その人物だ
謙信は眉をしかめ、信玄はニヤリと笑う
「あれ…ゆきすけと、さすけはどーしたの?」
「おいおい…ゆきすけじゃなくて、幸村だろ」
「そうそう。幸村…最後に会った時、佐助ととても仲良しだった印象が強くて…つい混ざってしまったよ」
綺麗な笑みを浮かべる男は、どこか儚げな雰囲気だ
物憂げな瞳は何を隠しているのかも読ませず、どこか白夢中な空気まで漂わせるのだ
「何のようだ」
「何のよう?…そうだな…君にちょっかい出していた北条を叩いておいたよ。しばらくは何も出来ないだろうな…安心したかい?」
「義元、何が狙いだ?」
義元の側に謙信と信玄が腰を下ろすと、義元はにこりと笑って
「何も」
と笑うだけなのだ
「ただ君たちの姫に挨拶したいだけだよ」
「そうゆうのは「何も」とは言わないだろう」
はぁと、信玄がため息を打つ
「今川は、武田と上杉の同盟に、当主の縁を使って無理に入り込んだ形だけど、同盟国だろう?それが、何も知らされず織田と上杉と武田が同盟を取ったとなれば、当然今川内が騒がしくなる」
「当主がわざわざ来る必要も無いだろう」
「謙信…知ってるでしょう。俺はお飾り当主だよ。決まったことに従うだけだ。いつも、ね」