第28章 桜の咲く頃 四幕(十二歳)
佐助が戻ってきたのは、その翌日だ
「で、湖さんは何をしているのかな?」
「うぅ・・、食べてるの…うぅぅ」
目の前には、羊羹を泣きながら食べてる湖が居るのだ
事情を側にいた白粉に聞けば、「あーなるほど」と佐助はポンと手を打った
「半刻(一時間)置きに何かかしら間食が出て、お腹が苦しいのに食べなきゃいけないという状態か…」
「もー食べたくないのに…でも、馬に乗れなくなるのーふぇぇええ」
本格的にぼろぼろ涙をこぼす十二歳
もっともその表情は十二には見えない
「湖さん、運動をしてみようか。食べたら運動、食べたら運動。そうすれば少しはお腹も減るはずだよ。あと兼続さんにお願いをして時間を一刻(二時間)に開けてもらおう」
まだ半分も食べられていない羊羹のお皿を机に置いた湖は、佐助を見あげる
「兄さまぁ…」
ふぇぇーと泣き続けた上、自分に手を伸ばす湖の仕草は
明らかに抱っこを求めている
(もう九つじゃ無いんだけどな…)
だが、中身は幼いままなのだ
抱き上げてしばらく落ち着かせれば直ぐに泣き止むのは解ってる
はぁーと、小さなため息をつくとその手に答えるように湖を抱き上げる
身長に対してあり得ないと思える程軽い体重
確かに、どうにか増やさなきゃいけないとは感じてしまう
「よしよし」
無表情で淡々と大きな妹を慰めていれば、ぎゅうと首に回されくっつく身体
(…あー…うん。そろそろまずい。本格的に湖さんの香りがしてきている…)
鼻をくすぐるのは湖の甘い香り
どうしてこんな香りがするのかは解らないが、明らかに花の甘い香りがするのだ
一度登竜桜に聞いた事があったが、『儂にも解らん。だが、この娘のあり方そのものが不思議なのだ。別に今更おかしな事もないだろう』と言われただけ
(っは…そう言えば…)
「湖さん、泣き止んだかな?」
「ん…」
鼻にかかった声で返事をした湖
「じゃあ、兄様。聞きたい事があるんだけど」
「なぁに?」
首にまわされた手が緩めば、湖は佐助の肩に手の平をおいて顔が見えるように距離を取った
「大きくなってから誰かとおふろに入ったかな?」