第28章 桜の咲く頃 四幕(十二歳)
翌日から、湖の元には間食に菓子が出されるようになる
一度に多量を食べられないならと出されるのだが…
「ととさまー、一緒に食べよー」
まんじゅうを乗せたお皿を持ちながら信玄の部屋に訪れる湖
「…お前、そうやって朝から半分俺に渡して…もう食わないぞ。俺は太る理由がない」
「ととさまを太らせようとしてるわけじゃないよ。でも、多いんだもん…っあ、そうだっ!ごめん、ととさま。またねー」
「あ、こら、湖っ」
信玄の呼び止めも聞かずに走っていた湖の行く先は…
「かーねつぐ、いる?」
襖の外からかかる声に、兼続が返答をした
「はい、どうぞ。湖様」
するっと襖が開けば、そこから顔だけを覗かせる湖は、目的の人物を見つけると嬉しそうに入ってくるのだ
対して、見つけられた人物ぎょっとした表情を隠さない
「喜之介、久しぶり」
「…湖…か?」
リリン、チリリン
聞き慣れた鈴をならし襖から顔を覗かせた女は、綺麗な笑みを浮かべたのだ
見覚えのある顔だが、九つより大人びた顔つき、自分より高い身長
「こら、湖様だ」と兼続が苦言をさす中…
「そうだよー。…叩いちゃって以来かな?元気にしてた?」
「…お前…本当に一月毎大きくなるんだな…」
「うん。今、十二だって。喜之介…気絶しないね?」
(十二…)
ニコニコしながら寄ってくる湖を怪訝そうな目で見る喜之介と、先ほどから喜之介の言葉使いに指摘をしている兼続
(十二って、うちの姉さんとの三つ下…いや、絶対もっと上に見えるぞ)
「喜之介、其方は言葉遣いを改めよ」
「やーよ、兼続。喜之介は湖のお友達だもの。いいじゃない?」
「って、言ってます。兼続様」
(あ、中身はそのまんまだ)
喜之介は、湖の様子に内心安堵したのち、自分の中でもやもやっとした気持ちに気付く
(…なんだ?)
だが、その正体はまだわかっていない
はぁ、とため息をこぼした兼続は手元の本を閉じ、喜之介からも本を預かった
「お勉強してたの?」
「兼続様のお時間が空いたので指南を受けているところだ」
「兼続、今休憩?」