第4章 虫の王
「ここで何してるの?」
キリヤ様の声が先程とは一転、不機嫌なものになる。蝶たちもキリヤ様の不機嫌を感じたのかヒラヒラと飛んで距離を置く。
「あ、あの、その、運動をっ、ぷはっ、しようっ、と…っぷ…」
何とか説明をしようとするのだけれど、蝶が次から次へと私に飛んでくるものだから話すのも一苦労。その様子を見ていたキリヤ様が大きな吐息をついたかと思うと、片手を払うように動かした。すると、木の葉が風に吹かれたかのように蝶がザザっと私から離れた。
「こいつらにも分かるのか…」
キリヤ様が何か呟いたみたいだけれど私には聞き取れなかったので気のせいかもしれない。私は蝶を退けてくれたキリヤ様に改めて向き直った。さっきまで走っていたから汗だくだし髪も乱れているだろう。慌てて整えた。
「キリヤ様、有難うございます」
「…別に」
キリヤ様が私から顔を逸らしてしまった。私はキリヤ様とゆっくりお話しが出来るチャンスと思って、側に行こうとした。するとその気配を察したキリヤ様が私を睨み付けた。
「臭いからこっちに来ないで!」
「っ、は、い…すいません…」
怒られて慌てて足を止める。二人の間に気不味い沈黙が落ちて、私は戸惑った。何かお話ししないと、せっかくキリヤ様と二人だけでお話出来るチャンスなのに。何か無いか何か無いかと頭を捻ってみたけれど、出て来たのは下らないものだった。
「あの、お、お花!お花、綺麗ですね!」
うぅ、気の利いた事なんて私には言えないよぉ。でも言ってしまったからには続けなければ。
「良い匂いがしますし、癒されますよね!」
あうー、私のトーク力の無さに泣きたくなってしまう。でもキリヤ様が匂いと聞いて何故かピクリと反応した。
「良い匂いが…するの?」
「はい、しません…か?」
もしかしてキリヤ様にはこの香りはお気に召さないのだろうかと心配になった。
「いや、良い匂い…する、けど…」
モゴモゴと小さく答えてくれたキリヤ様に何だか嬉しくて笑ってしまった。
「な、何?!変な顔して笑わないでよ!気持ち悪い!」
「えへへ、申し訳ございません」
その顔、絶対に悪いと思って無いでしょ!とキリヤ様に言われながらも私は緩んだ顔を引き締める事が出来なかった。
キリヤ様が私の言葉に答えてくれた。大した内容でも無いのだけれど、私はそれがとても嬉しかった。