第4章 虫の王
「キリヤ様もお好きなんですか?」
私の言葉にオルガが頷いた。
「はい、最近は忙しくて買いに来られないらしいですが。確かにここのは良く買われていますよ」
私はもう一度蜂蜜を眺めた。この蜂蜜をプレゼントしたらキリヤ様喜んでくれるかな?
私が蜂蜜を見詰めていたからか勘違いをしたオルガが瓶を手に取った。
「欲しいなら買いましょう」
「あ、あの!」
お金は私のでは無いし言い難いのだけれど、私は思い切ってオルガにお願いしてみた。
「あのね、私のは良いの。でも、その…キリヤ様にお土産で一個…買って貰って、良いかな?」
そう口にすると、オルガが驚いた様に僅かに目を見開いた。でも直ぐに小さく笑うと、ではこれを、と色が濃い蜂蜜を選んでくれた。
「きっとキリヤ様は喜んでくれますよ」
「うん!」
差し出された蜂蜜を受け取って大事に胸に抱え込む。
「お嬢ちゃんキリヤ様の知り合いかい?オマケで蜂蜜の小瓶も付けておいたからそれはアンタが食べな。…あれ?」
有難う、とお礼を言うとおばさんの動きが止まった。クンクンと鼻を動かす様な仕草をして私はドキリとした。
「ん?おや?何だか…」
もしかして、私の臭いだろうか?そう気付いた私はオルガの手を引っ張ると逃げる様に駆け出した。
驚いたおばさんが、最後に「何だか良い匂いがしたんだけどねぇ」と呟いたのは私には聞こえなかった。
建物の隙間を抜けて裏道を走った。人気の少ない場所まで来て、やっと安心して足を止める。荒い呼吸を整えながらオルガを見ると、何だか難しい表情をしていた。
「オルガ?」
心配になって名前を呼ぶと、気付いたオルガが表情を緩めた。
「ごめんね、私がやっぱり…」
「あれあれー?何の匂いかと思ったらここに雌が居るじゃん?」
オルガに謝ろうとしたら、急に声をかけられた。振り向いた先には虫人が三人。一目で柄の良くない人達だと分かって私は緊張に体を固くした。
オルガが私を庇うように背中へと隠す。
「んー、良いねぇ。たまんねー匂い」
鼻を鳴らして態とらしく深呼吸する姿に、オルガが小さく舌打ちした。
「ボクちゃん。その雌、ちょっと俺達に貸してくんない?」
私は変な事にオルガを巻き込んでしまった事を悔やんだ。オルガ、ごめんなさい。私がこんな所に逃げてしまったから。
男の一人が私を捕まえようと手を伸ばした。