第3章 獣の王
「悲鳴が聞こえたけど、後尾で噛み付いたりするのは普通だし。外で護衛をしてた俺も聞き流してた……そして朝、部屋に行ったメイドが見たのは千切れた肉片の中で呆然と座り込んでいる血だらけのラウルフだった」
驚きに声が出なかった。何て言ったら良いのか分からない。でもラウルフ様の気持ちを思うと酷く泣きたくなってしまった。
「それからだな、ラウルフが後尾する時に激しく噛むようになったのは。でもまぁ、ちゃんのは特別酷かったんだけど」
あぁ、あの時私はラウルフ様から逃げようとしてしまった。私が逃げようとしたから、きっとラウルフ様は酷く噛んだんだ。
好きな人を殺して食べてしまったラウルフ様。私はそんなラウルフ様をまた傷付けて…ごめんなさい、ラウルフ様。堪えていた涙があふれてくる。
「っ、わ、私、あの時、ラウルフ様から逃げようとしてしまって…だから、きっと、ラウルフ様は…」
「ちゃん…」
泣き出してしまった私にシーザーさんは眉を下げると、前へと回り込んで地面に膝をついた。そしてペロリと涙を舐めてくれる。
「逃げようとしたのは、ラウルフが嫌いだからかい?」
その問い掛けに私は勢い良く頭を左右に振った。皆に好かれているラウルフ様。お仕事を時々サボったりするけど、面倒見が良くて優しいラウルフ様。私はそんな彼に好意を持っていた。
「そうか、良かった…」
シーザーさんが安堵の息をついて表情を緩めた。
「ラウルフもさ、何時もはあんなに酷いことはしないんだ。あれはきっと気に入ってるちゃんが逃げようとしたのと…」
シーザーさんは言葉を止めると、顔を近づけてきた。そして私の首元に鼻を寄せてフンフンと香りを嗅いだ。
「今はそんなに強く無いけど、あの部屋に入った時に香った強い匂い…凄く良い匂いがしたんだ。そのせいだと思う」
そう言えばラウルフ様も匂いがどうとか言っていたような気がする。
「ちゃんに辛くて痛い思いをさせるけど、君は特別みたいだし。ラウルフの事を頼みたい」
シーザーさんが静かに頭を下げた。その様子からシーザーさんがどれだけラウルフ様を大切に思っているかが分かる。
「はい!」
私は普通よりも体が丈夫だもの、だから大丈夫。私はもう逃げない。私はシーザーさんに、任せて下さいと答えて涙を拭い笑って見せた。