第6章 蜥蜴の王
カサドラさんが私と卵を抱えたままに走る。
「王妃様だ!」
「様!」
行く手を阻む兵達をカサドラさんが切り伏せて先を進む。争う声が段々と遠ざかり、ここが穴の奥の方なのだと気付いた。
カサドラさんはなおも奥へ奥へと進んで行く。
どれ位駆けただろうか、何時の間にか蜥蜴の人達すら見えなくなって私とカサドラさん二人だけになっていた。
「…お前にやった飴玉、持って来るの忘れたな」
カサドラさんがふとそんな事を口にした。カサドラさんから貰った飴の瓶。貴重な物だと思うと何と無く食べられなくて、枕元に飾って眺めていた。
それの事だと気付いて、今この状態でそんな事を気にしているカサドラさんが可笑しくて小さく笑ってしまった。
カサドラさんがそんな私を見て口の端を上げた。次いでその瞳が真剣なものへと変わる。
「……おい、お前は子供が欲しくないのか?」
突然の質問に私は驚いて見上げた。一瞬視線が重なったけど、直ぐにカサドラさんは前を向いてしまった。
迷路のようにあちこちに伸びる穴を迷う事無くどんどん進んで行く。
「お前が、寝言で言っていた」
「…………」
私は唇を噛み締めた。確かに、私は子供を産みたくないと思ってる。正直に言うとカサドラさんの卵だって、色が変わらなくてホッとしていた。
「…兄者が言っていた。薬を飲ませてもお前に子供が出来ないのは、お前の精神的な何かが関係しているのでは無いかとな」
奥へと進むと、段々と汗が滲んで来た。何でだろう凄く暑い。
「…だ、て…だって、子供は、邪魔じゃ、ない…ですか…」
「誰がんな事言ったんだよ?」
カサドラさんが不機嫌そうに低く唸った。
「お母さん、が…子供が…私が、居なければって…私はイラナイ子って…だから、私、私っ、子供なんて、欲しく無い!」
穴を抜けると大きな開けた場所へ出た。切り立った道の遥か底から、ボコボコと湯が煮えた様な音が聞こえて来る。熱気もそこから上がって来ているみたいだ。
滝のように谷底へと流れ落ちるマグマが見えた。ここから落ちたら、きっと骨も残らずに焼けてしまうだろう。
「イラナイ子か…」
カサドラさんは足を止めると、私を強く抱き締めた。
「…少なくとも、俺はお前に会えて良かったと思ってるけどな」
そうカサドラさんが口にした時、キラリと光る何かが飛んで来た。