第6章 蜥蜴の王
「っ?!」
地を這うような、怒りに満ちた低い声。カサドラさんの手が置かれた樹の幹が余りにも強い力の為に、ピシピシと音を立てて割れている。
激しい怒りの色を浮かべて私を睨み付けるカサドラさんに血の気が引いた。
「ひっ!」
引き攣ったような声をもらしながらも、もがく様にして立ち上がり私は走った。
逃げなくちゃ、逃げなくちゃ!
背後で、ギャオウ、と恐竜の鳴くような声が聞こえたかと思うと一気に気配が私の後ろに迫った。そして大きな手が私の頭を掴むと、そのまま地面へと押し倒した。
「あうっ?!」
強い力で地面に叩き付けられて、頭がクラクラした。頬に石や小さな木の枝が押し付けられて痛い。
「よくも…この俺様から逃げようとしたな?」
興奮に弾む荒い呼吸がカサドラさんがとても怒っている事を示している。私を地面へと押し付ける手に力がこもった。
このままだと頭が潰れてしまいそう。
「逃がすもんかよ…絶対に…絶対に、逃がさねぇ…」
指の隙間からカサドラさんが見えた。その目は日暮れの薄暗い中で、獲物を狙うかのようにギラギラと光っていた。
カサドラさんが怒りによる興奮で体全体で息をしている。とても怒っている彼に、私はこのまま殺されてしまうのでは無いかとカタカタと体を震わせた。
殺されてしまうのは嫌だと懸命に体をばたつかせると、カサドラさんが怒りに吠えた。
「くそっ、くそっ!まだ俺様から逃げようとすんのか!?」
グオォン、と怒りに吠えたカサドラさんが腰に下げた剣を引き抜く。掲げられた剣先がキラリと光った。
「なら、いっそ逃げられない様にしてやる!!」
カサドラさんが剣を振り下ろした。
「えっ…?」
一瞬何が起こったのか分からなかった。見ると私の膝から下の足が無くなって、そこから血が吹き出していた。遅れて激しい痛みが走る。
「きゃあああ!」
痛みに体を動かしても、私の体から離れた膝から下は地面で力無く倒れているだけだった。
「あ、あぁぁ!」
「これでもう逃げられねーだろ。お前は一生、俺様と一緒に穴の中で過ごすんだよ」
痛みに泣き叫ぶ私をカサドラさんが肩へと担ぎ上げて歩き出す。
「……お前は、俺様のもんだ、俺の、俺だけの…」
出血と痛みに段々と気が遠くなって行く。担がれユラユラと揺れる私の目の前を、自由に空を飛び回る蝶がヒラヒラと舞った。