第5章 魔物の王
お部屋の扉をノックした。
「ナグル様、です」
「おぉ、姫様!どうぞ、お入り下さいませ」
扉の向こうから聞こえたナグル様の声が元気そうで、安心した。失礼します、と声をかけてから扉を開ける。
中へ入ると、ナグル様のベッドのそばの椅子に腰掛けるルナール様と目があった。すると何故か私から逃げる様に慌てて視線を泳がせ、俯いてしまった。
「ルナール様?」
そんなルナール様の姿に、フォッフォッ、と楽しそうにナグル様が笑った。
「お気になさる事は有りませんぞ。ルナール様は、ただ照れておるだけでございます」
「ナグル!」
ルナール様が抗議の声を上げる。そのお顔が耳まで赤く染まっているように見えた。
私がベッドへと近付くと、ルナール様は慌てて立ち上がった。そして私の視線から逃げる様に背後に回り込むと、後ろから私を抱き締めてくる。ルナール様を見ようと右から後ろを振り返ると…顔をそらされた。今度は左から振り返ってみても…やっぱりそらされてしまった。
一体どうしたと言うのだろう?
「姫様、本当に色々と申し訳ございませんでした」
聞こえた言葉に、ルナール様は取り敢えず好きな様にさせておくことにしてナグル様と向き合った。
「謝らないで下さい。それより…そんなお体で、私の事をお城に知らせて下さったと聞きました…本当に有難うございました」
「姫様…」
頭を下げると、ナグル様が嬉しそうに涙ぐんだ。スンと鼻を鳴らしたナグル様は誤魔化すように笑みを浮かべた。
「腕は痛みますか?」
「いえ、もう痛みは有りませぬ。後は体力さえ戻れば何時でも働けますぞ!」
片手で力瘤を作って見せるナグル様に、私を背後から抱き締めているルナール様がボソリと口にした。
「…ナグルは、殺され、ても…死なない」
「ルナール様!」
ナグル様は本当に死にそうな目にあったのに。私が咎める様に呼んで振り返ると、ルナール様が何処か拗ねた様な表情を浮かべていた。それがナグル様への甘えなのだと理解してつい笑ってしまった。
ナグル様も私が笑い出すと、声を上げて楽しそうに笑った。
私は先程作ったカップケーキを数個、ナグル様のお見舞いにサイドボードへと置くとナグル様はとても喜んでくれた。それをルナール様が横取りしようとしたのを阻止して、私とルナール様はナグル様のお部屋を後にした。