第5章 魔物の王
「ぐおぉ!」
「ナグル様!」
肩から先が無くなって、そこを掴み蹲るナグル様に私は飛び付いた。
「ナグル様、ナグル様?!」
斬られた肩からボトボトと水が零れている。私はどうして良いか分からず、恐怖に震えた。
「…女、お前が言う事を聞くのならその老人は助けてやる」
低く良く響く声が聞こえた。他の蜥蜴よりも一際大きくて鋭い眼光に鼻筋の通った、角の生えた蜥蜴…と言うよりも既にその容貌は竜に近かった。
その蜥蜴の角から紅い宝石が一つぶら下がっていた。皆がその蜥蜴の為に道を開ける。この蜥蜴が他の人達より地位が上なのだと言う事が分かった。
「俺様は気が長くない。答えろ」
「姫様!いけませぬ!」
「ジジイは黙っていろ」
蜥蜴がじっと私を見詰めてくる。私の答えを待っているんだ。
「本当に…ナグル様を助けて下さいますか?」
「あぁ」
私はナグル様に微笑むと、震える足を叱咤して立ち上がった。
「姫様!いけませぬ!いけませぬ!」
「ナグル様、ルナール様に申し訳ございませんと…お伝え下さい」
私の服を必死で掴むナグル様の手に私の手を重ねて、解いた。そして私はゆっくりと蜥蜴族の元へと歩く。それを見た蜥蜴族の男は満足そうにニヤリと口の端を引き上げる。
「良い判断だ」
蜥蜴族の男の人が自分の元へと来た私を見て、目を細めた。そばに来るとその蜥蜴族の大きさが分かる。ラウルフ様と同じ位大きいかもしれない。
蜥蜴族の男が屈み、私へと鼻を近付けてくる。そして鼻先をひくつかせると小さく頷いた。
「なるほど、これが王共を虜にした香りか」
首筋に鼻息がかかる。何時男の持つ槍で斬られるか分からない。拳を握って、恐怖に体が震えるのを堪えた。男が私を見てククッと喉を鳴らした。
きっと私が震えているのに気が付いたんだ。私は悔しくて睨むと、何故か蜥蜴族の男は不敵に笑い返してきた。
「暫く眠るが良い」
男の手が私の口と鼻を覆った。布を押し当てられ、ツンと刺激物の臭いがした。その臭いに頭がクラクラとして目が回る。そして体の力が抜けた。
蜥蜴族の男が私を肩へと担ぎ上げた。
「待って下され、待って…姫様あぁぁ!」
地面に這いながら私の方へ必死に手を伸ばすナグル様の姿が見えた。
「引くぞ!」
体が揺れる。段々とナグル様が遠くなって行く。私の意識はそこで途切れたのだった。