第5章 魔物の王
「さて、そろそろ帰らねば私が姫様を独り占めしているとルナール様に怒られてしまいますな」
口髭を撫でながら笑うナグル様を見ていて、無性にお爺さんに会いたくなってしまった。お爺さんとお婆さんは元気にしているだろうか。今度手紙でも送ってみようかな、と考えていた時だった。
「キャア!」
女の人の悲鳴が聞こえた。そしてこちらに走って来る女の人に見覚えが有った。あれは確か…メギさんに会った時に見かけた赤い髪の魚族の美女だ。
「助けて下さい!」
護衛のスライムさんが私とナグル様を護るように背中に庇った。そしてその魚族の女の人を追い掛けるようにして走って来たのは…表面が細かな鱗で覆われた、大きな体の、二本足で歩く爬虫類だった。
「と、蜥蜴族?!そんなまさか?!」
大きな蜥蜴が二人、走って来たかと思うと急に護衛の一人を斬りつけた。
「きゃあぁぁ!」
蜥蜴族が手にした槍は、護衛のスライムさんの頭から腹までを切り裂いた。斬られた護衛さんは、呆気に取られている内にビシャリと水に戻り地面へと広がった。
もう一人の護衛のスライムさんが、私達を逃がす為に蜥蜴族の人の前へと立ち塞がる。
「今の内に逃げましょう!」
促されるままにナグル様と魚族の女の人と私は走り出した。
─アモロ遺跡は…駄目
そう言ったルナール様の言葉が今更ながら思い出されて、後悔した。ルナール様はもしかして何かを知っていたの?とにかく今は逃げないといけない。
私は息が切れて苦しそうにしているナグル様の手を引いて駆けた。
「さぁ、舟にお早、くッ?!」
急に女の人が護衛のスライムさんに抱き着いた。でも抱き着いたと思ったのは束の間で、その手にナイフが握られているのに気が付いて血の気が引いた。
護衛さんが、力無くドロドロと溶けて崩れて行く。魚族の女の人は愉快そうに笑っていた。
「さぁ、これで私は大金持ちよ」
嬉しそうに口にした女の人の後ろの柱から蜥蜴族が出て来た。一人、二人、三人…その数にナグル様と後ずさりながら距離を取る。
「人間の女、こちらへ来い。言う事を聞かねば痛い思いをするぞ」
蜥蜴族が槍を振りかぶった。鋭い刃が私へと迫って来る。
「姫様!!」
ナグル様が私へと覆いかぶさった。ビュンと風を切る音。そしてビシャリと水が零れる音がしたかと思ったら…ナグル様の片方の腕が無くなっていた。