第5章 魔物の王
男の人が私の髪を掴んで引きずった。
「おら、お前…だろうが。面倒見ろよ!こいつくっせーんだよ」
「嫌よ、私をそんなガキの…にしないでよ。ほら、あっち行ってよ!こっちに来ないで!」
ある日から男の人が一緒に住むようになった。男の人は初めは優しくて自分はお…さんだと言った。でも暫くしてからお…さんと呼ぶと怒るようになって、女の人と一緒になって私を殴る様になった。
「なぁ、お前腹減って無いか?…俺の言う事聞いたら菓子パンやっても良いぞ」
ある日、女の人が出かけている間に男の人はそんな事を言った。そして男の人は私に何かを握らせた。
「うっ、はぁ、はぁ、良いぞ…」
そして男の人は私にビシャリと熱い何かをかけた。それはネバネバしていて何だか生臭くて、とても気持ちが悪かった。男の人は満足したのか、顔を洗っておけよ、と口にして菓子パンを私へと放り投げた。
私はとってもとってもお腹が減っていたから、喜んでそれを食べた。手も顔もベタベタに汚れたまま、必死でパンに齧り付いた。
目が覚めた。
また嫌な夢を見た気がしてとても気分が悪い。近頃は嫌な夢を良く見るようになった。もしかしたら疲れているのかもしれない。
私は起き上がろうとして、手と足の痛みに動きを止めた。何だろうと視線を向けると、そこには大きな火傷の痕が残っていた。
あれ、何時もなら目が覚めたら傷痕すら残っていないのに…
「…?」
名前を呼ばれてそちらに目を向けた。そこにはルナール様が泣きそうに顔を歪めて立っていた。
「……っ」
ルナール様は私に抱き着くと、首元に顔を埋めて来た。その体が小さく震えている。私は一瞬、意識を失う前の肌が焼ける感覚を思い出して体を強ばらせたけれど、どうやらルナール様はもう大丈夫らしく私はルナール様を安心させる様に抱き締め返した。
「……よか、た」
「ご心配をおかけしました…」
私は子供にする様に、優しく背中を撫でてルナール様の気持ちが落ち着くようにとそれを繰り返した。
「姫さま…」
壁際に控えていたナグル様が近付いて来る。その表情は罪悪感と後悔に曇っていて、人間であれば顔色を無くして真っ青になっている事だろう。
「申し訳…申し訳ございませんでした!」
ナグル様が徐ろに膝を付いて、伏せた。額を床へと擦り付けながら謝る姿に私は驚いてしまった。