第5章 魔物の王
何だか息苦しい。暖かいぬるま湯に浸かっている様なそんな気持ち良さは有るのだけれど、顔の前に障害物が有るせいで息がしにくい。
「ん、んー…」
身動ぎしてみても体が上手く動かなくて、目を開けてみた。すると、そこには私を胸元に抱き込みながらじっと見詰めているルナール様が居た。
「えっ、あ、な、何で…」
私は必死で思い出した。何故こんな体勢に?!そう言えばルナール様が私の上で寝てしまったので、動けぬままにじっとしていたのだけれど眠気に勝てず私も眠ってしまったのだ。
でも何でルナール様に抱き締められながら私は寝ていたのだろう。
「あわ、あわわ…」
ルナール様から急いで体を離して起き上がる。
「ルナール様、す、すいません、私…」
「…だれ」
「はい?」
「よだれ、付いてる」
ルナール様に示された口元に、自分は寝ていた時によだれを垂らしていたのだと気付いて恥ずかしさに顔が真っ赤になった。信じられない、恥ずかしすぎる。
「っ…わ、わわっ、きゃああ!」
慌てて口元を擦ろうとしたところ、ベッドの端に来過ぎていたのかバランスを崩してベッドから落ちてしまった。
何これ、何かのギャグとしか思えない。落ちた痛みは有ったけれど、それよりも恥ずかしい姿を続けて見られてしまったことに落ちたままの格好で呆然としてしまった。
「ぷっ…ふふっ、ははは!」
ベッドの上から笑い声が聞こえて来た。私は何とか逆さまになった足を降ろすと、ベッドにすがり付くようにして起き上がった。すると見えた視線の先には、お腹を抱えながら笑っているルナール様の姿が有った。
「顔、顔が…」
私と目が合うと、またプッと吹き出して目をそらし笑うルナール様。ルナール様の笑顔を見れた事はとっても嬉しいのだけれど、余程ツボに入ったのか笑い続けるルナール様にそんなに笑わなくても良いのにと口先を尖らせた。
「っ、はぁ…君は、面白いね、ッ」
一頻り笑ったルナール様が目元を拭いながらそう口にした。でも私を見て必死で笑いを堪えている。
ルナール様の笑顔はキラキラしていて、先程までの何にも興味を示さない無表情からは想像のできないものだった。
もう良いです。そんな素敵な笑顔を見る事が出来るなら、どうぞ好きなだけ笑って下さい!
そんな気持ちで私はちょっぴり拗ねながら乱れた髪とよだれの跡の残る口元を拭ったのだった。